『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました

『尾上電子』と記されたファイル。
五年前からの業績データがファイリングされていて、来週から社食のリニューアルに伴う商談が始まる。

ファイルを手渡された時に視界に映った淡い桜色したネイル。
白魚のような細く華奢な指によく合う優しい色目で、ついつい視線で追ってしまった。

ダメだな、俺。
仕事に集中しなきゃいけないのに、昨夜のこともあって、視線が合わせづらい。

白井 璃子。
俺の直属の上司で、部署のチーフ。
美人でスタイルもよく、面倒見もよくて、仕事もできる。

俺が入社した時には既に恋人がいて、毎日蘭のような気品ある笑顔が素敵だった。
五つ年上の上司ということもあって、最初は恋愛感情なんて抱いてもいなかったけれど。
毎日のように同僚たちが帰った後に一人残って、人一倍努力を重ねる姿に惹かれた。

自分の担当している仕事だけでなく、部下の担当している業務に関しても、さりげなくフォローする姿がカッコよくて、それがスマートすぎて凄く綺麗で。

そんな彼女が、挙式を一週間後に控えたあの日以来、変わってしまった。
目は死んで、笑顔が人形のようで。

それまで一度も見たことが無かった姿を、あの日以来、よく見かけるようになった。
声を殺して、涙する姿を…。

俺の知っている女の涙はしらじらしくて、縋るようなその仕草に辟易していた。
けれど、彼女の涙は、綺麗という言葉では言い表せないほど、俺の心に響いて。
ただ泣いているだけの顔なのに、ゾクッとするほどの色気を感じた。

年齢は別として、結構好みのタイプだったってのもある。
彼氏がいなかったら、口説くのもアリかな?だなんて考えたこともある。

あの涙を見るまでは。
好みのタイプだっていうだけだったのに。

今はもう、そんな単純なものじゃない。

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