新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「人は、何をもって優劣をつけるのか。何が優れていて、劣っているのか。その思想の基点が何かは、誰が決めるのかによっても決まる。しかし、純粋に物事そのものに優劣はない。シェイクスピアの人間観察眼によれば、物事に良いも悪いもない。考え方によって、良くも悪くもなるという心理描写は、強ち当たっている。人によって、捉える優劣は違うということだ。今、此処で言う優秀な人材とは、どんな人材なのかということは、この狭い視野の中で決めることではない。我が社にとっての優れた人材を集められれば、それでいいという問題ではないということだ。人を採用するのも、また人だ。我が社の人材を採用するのも、我が社の人間だ。そうなると、優秀な人材を採用出来た。あるいは出来るのか否かは、すべて採用する我が社の人間の鑑識眼に掛かってくるということになる。ならば、その採用する人間に鑑識眼がなかった場合はどうする? 仮に、もし一企業を失墜させるような人間を採用してしまっていたとしよう。その場合、専務の話からするに、それはそもそもそういう人間を採用した我が社の人間に責任がことになるんじゃないのかね? 採用した人間の鑑識眼が、なかったということにはならないのか? この場合、その責任はどうなる?」
社長は、専務に問い質したが、内田専務は口を真一文字に結んだまま押し黙っている。
「専務は、ずっと人事の採用に口を出していたから」
エッ……。
柏木さんが耳元でそう囁いたので、思わず柏木さんを見ると黙って頷いていた。
「物事の良し悪しを見分ける能力が鑑識眼であるならば、目の前に居る人間がどういう人物なのかを見極められる力を持っているのも、また鑑識眼というものだ。その鑑識眼がなかったということは、自分は劣位な立場にあるということを認めたことと同じだ」
「社長。私は……私は、そういうことを言っているわけでは……」
先ほどとは打って変わって、内田専務は絞り出すような声で言った。
「まあ、いい。本題に戻ろう。優秀な人間とは、どのような人間なのか。一晩で、そのような人間が作られるわけでも、育つわけでもないことは誰しも分かる。紆余曲折して、物事にぶつかってこそ、人は成長出来る。当然、そこには……その過程には憂いもある。時に、他人に疎まれ、蔑まれ、落ち込み、どん底の不幸を味わう。だが、憂いを重ねるごとに人は成長し、励まされ、褒められ、また時として失敗もする。優は、その字の如く、人が憂いを重ねて優れていくこと。憂いを重ねてこそ、優秀な人間になれるというものだ」
社長の言葉が、胸に響いた。
人が憂いを重ねて優れていくこと。憂いを重ねてこそ、優秀な人間になれる。
「何もしないで、手をこまねいていた自分達を恥じて託したんじゃなかったのか? 再建のために尽力し、赤字解消までの目処がやっと立ってきた矢先、また自分達で足を引っ張るのか? そんなことは、社長である私が許さない。我が社にとって不利益を被らせようとする人間は、遠慮は要らん。即刻、去ってもらって構わん! 再建に真剣に取り組み、協力し、困っている部下に手を差し伸べられる人間だけ此処に残ってくれ」
「し、しかし、今回のLCCの件がもし尾を引くようであれば、株主が黙っていないと思います。それを、どう収拾つけるおつもりですか」
今度は、森常務が焦った口調で意見を言った。
「まだ、事の内容を最後まで聞かずに君達は結論づけるのかね? まして、株主の顔色を伺い、それに左右されて怖がっていては何が出来る。君達も、一株主だろう。その収拾をつけることぐらい、自分達で考えたまえ」
社長は、半ば呆れるように言うと大きな溜息をついた。
しかし、森専務の発言後、他の取締役から意見が出ることはなく、社長は一同を見渡すと背もたれから体を離し、手を組みながら肘をついた。
社長は、専務に問い質したが、内田専務は口を真一文字に結んだまま押し黙っている。
「専務は、ずっと人事の採用に口を出していたから」
エッ……。
柏木さんが耳元でそう囁いたので、思わず柏木さんを見ると黙って頷いていた。
「物事の良し悪しを見分ける能力が鑑識眼であるならば、目の前に居る人間がどういう人物なのかを見極められる力を持っているのも、また鑑識眼というものだ。その鑑識眼がなかったということは、自分は劣位な立場にあるということを認めたことと同じだ」
「社長。私は……私は、そういうことを言っているわけでは……」
先ほどとは打って変わって、内田専務は絞り出すような声で言った。
「まあ、いい。本題に戻ろう。優秀な人間とは、どのような人間なのか。一晩で、そのような人間が作られるわけでも、育つわけでもないことは誰しも分かる。紆余曲折して、物事にぶつかってこそ、人は成長出来る。当然、そこには……その過程には憂いもある。時に、他人に疎まれ、蔑まれ、落ち込み、どん底の不幸を味わう。だが、憂いを重ねるごとに人は成長し、励まされ、褒められ、また時として失敗もする。優は、その字の如く、人が憂いを重ねて優れていくこと。憂いを重ねてこそ、優秀な人間になれるというものだ」
社長の言葉が、胸に響いた。
人が憂いを重ねて優れていくこと。憂いを重ねてこそ、優秀な人間になれる。
「何もしないで、手をこまねいていた自分達を恥じて託したんじゃなかったのか? 再建のために尽力し、赤字解消までの目処がやっと立ってきた矢先、また自分達で足を引っ張るのか? そんなことは、社長である私が許さない。我が社にとって不利益を被らせようとする人間は、遠慮は要らん。即刻、去ってもらって構わん! 再建に真剣に取り組み、協力し、困っている部下に手を差し伸べられる人間だけ此処に残ってくれ」
「し、しかし、今回のLCCの件がもし尾を引くようであれば、株主が黙っていないと思います。それを、どう収拾つけるおつもりですか」
今度は、森常務が焦った口調で意見を言った。
「まだ、事の内容を最後まで聞かずに君達は結論づけるのかね? まして、株主の顔色を伺い、それに左右されて怖がっていては何が出来る。君達も、一株主だろう。その収拾をつけることぐらい、自分達で考えたまえ」
社長は、半ば呆れるように言うと大きな溜息をついた。
しかし、森専務の発言後、他の取締役から意見が出ることはなく、社長は一同を見渡すと背もたれから体を離し、手を組みながら肘をついた。