新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
ソファーに座るに座れず、バッグを持ったままカーテンの横に立っているとインターホンが鳴ったので、驚いてカーテンを思わず掴んでしまったところに高橋さんが部屋から出て来た。
「明良だろ……お前、そんなところでカーテン掴んで何やってるんだ?」
ハッ!
し、しまった。見られてしまった。
右往左往している私を横目に、高橋さんはインターホンの受話器を取って画面を見ると、オートロックの施錠を解除した。
「座っていれば良かったのに。それとも、カーテン巻き付けてオンステージでもやっていたのか?」
オンステージって……。
「ち、違います。そんなことしてないですよ」
「ん? 本当かなぁ」
玄関の方に行こうとして私の横を通る時、高橋さんが疑っているような表情でこちらを見た。
「本当です。オンステージなんてしてません。ただ、ちょっと……」
「……」
「ちょっと、インターホンが突然鳴ったので……」
「驚いた?」
ピンポーン。
「フッ……怖がりだな」
私の頭を撫でると、そのまま玄関の方に行ってしまった。
話の先を読まれていた?
「遅くなって、ごっめーん。あっちゃん。ただいま参上!」
玄関から、明良さんの元気な声が聞こえた。
「明良さん。こんにちは」
「オッ! 陽子ちゃん。これまた、久しぶり。元気だったぁ?」
「はい。元気……キャッ……」
両手に持っていた荷物を床に置くと、明良さんが抱きついてきた。
「あ、あの……」
「あぁきぃらぁ」
「ううん。もう!陽子ちゃん見ると、ついつい吸い寄せられるようにギュッとしたくなっちゃうんだよなぁ。でも、貴博が怖いから仕方ない。離れるか、明良君。うん」
明良さんは舌を出しながら離してくれると、何事もなかったようにキッチンに荷物を持って入って行った。
「悪いな。幼稚園児だから、許してやって」
呆気にとられて見ていると、高橋さんも呆れ顔でそう言った。
「はい」
「はい? はいって、陽子ちゃん。そこ、すんなり受け流さないでよ」
「えっ? あっ、はい」
「ハハハッ……」
あまりにもタイミング良く返事をしてしまったので、高橋さんと明良さんに同時に笑われてしまった。
「陽子ちゃん。ちょっと、手伝ってくれる?」
「はい」
明良さんに言われてキッチンに入ると、美味しそうな食材が所狭しと調理台の上に置かれていた。
「うわぁ。美味しそう」
「でしょう? でも、この食材達に魔法をかけてあげると、もっともっと美味しくなるんだ」
魔法?
「その手伝いを、陽子ちゃんにして欲しいわけ」
「はい。あっ。でも、私に出来るでしょうか?」
「大丈夫。愛情を注いであげればいいんだ」
「はい。頑張ります」
「それじゃ、まず食器棚から適当にラウンドの大皿を出してくれる?」
「はい」
明良さんに言われたとおり、食器棚を開けて大皿を探していると、高橋さんもキッチンに入ってきた。
「大皿は、1番下に入ってるから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「仁が、もうすぐ駅に着くらしいから迎えに行ってくる。明良、あと頼むな」
「OK! 貴方ぁ。気をつけて、いってらっしゃーい」
「……」
「プッ!」
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