新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
高橋さんは無言で呆れた顔をして行ってしまったのを見て、それが可笑しくて思わず吹き出してしまった。
「あれ? 何か、可笑しかった?」
「い、いえ……」
「ハハッ……。陽子ちゃん。ツボに填っちゃった?」
「アッハッハ……」
しゃがんで大皿を探していたが、高橋さんの呆れた顔と明良さんの内股になりながらのリアクションを見て思わず堪えきれなくなって笑ってしまった。
「す、すみません」
「此処に、置いてくれる?」
「はい」
手で顔を仰ぎながらようやく笑いがおさまったので、見つかった大皿を持って明良さんに指示された位置に調理台の上に置いた。
「そう言えば……最近、仕事忙しい?」
「仕事ですか?」
「いや、まあいつも忙しいと思うんだけど、何か貴博が出張から帰ってきてからかなりハードみたいだったから」
「そうですね」
高橋さんは、いつも忙しそうだから……あっ……。
『昨日今日入ったばかりの新参者に、会社の何が判る。今直ぐ、出ていってくれ……ごもっともですな。敗北を認めるのなら、我が社のためにならん。不愉快だ。直ぐに、責任を取って立ち去れ』
取締役から高橋さんは、散々な言われようだった。耳を塞ぎたくなるような酷い言われ方で……。
「出張中もかなり忙しかったんですが、帰ってきてからも高橋さんは忙しかったと思います。色々、大変な時期だったりするので……」
「そう。年度末だし、大変だよね。陽子ちゃんは、大丈夫?」
「私は……」
私は、何もない。でも、柏木さんが言っていたように、高橋さんはいつもあんな世界で闘っているんだということを知ってしまったからか、それから何だか胸が痛い。私なんかが、どうこう出来る問題じゃないのだけれど。
「私は、あの……大丈夫です」
「何か、あったの? 貴博と」
「えっ? あっ、いえ、何もないです。何もないですが……」
「何もないのに、それを否定するような語尾だと気になるね」
明良さん。
「大丈夫。仕事のこともあるだろうから、差し障りのない程度で良ければ、話してごらん? 貴博には、言わないから」
「明良さん……私……」
明良さんは、刻んでいた包丁を置いてこちらを見てくれた。
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