婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「今日は疲れたな」
「そうね……」
わたしとレイはバルコニーで夜風に当たっていた。ひんやりと頬が扇がれて、断罪劇から冷めない熱気がみるみる吸い取られた。
公演を終えて無人になった劇場のような、落ち着いた静寂に身を任せる。星空が綺麗だった。
「全部、あなたのお陰だわ。本当にありがとう」
沈黙を破って、わたしは彼にお礼を述べる。本当はこんな一言だけでは感謝の気持ちを表現できないけど、きちんと言っておきたかった。
レイが側にいてくれたから、わたしは最後まで頑張れたのだ。
「いや……」彼は軽く首を振る。「君のこれまでの努力の成果だよ」
「ありがとう。本当に、優しいのね」
わたしはふっと微笑む。彼もニコリと口角を上げた。
また、静かになった。
コロコロと虫の鳴き声だけが輪唱するように楽しげに奏でている。
「オディール」
ふいに、レイがわたしの名前を呼ぶ。彼のほうに顔を向けると、手には青いビロードの小さな箱を持っていた。
おもむろに蓋を開けると、そこには――、
「ダイヤモンド?」
それは時折り光が星になって飛んでいくような、キラキラと七色に輝く大きなダイヤモンドの指輪だった。
「あぁ。僕たちが初めて出会った鉱山で採取された、一番上等なダイヤモンドだ」
「綺麗ね……」
わたしはほぅとため息を漏らす。熟練の技師によってカットされたダイヤモンドは、思わず目が離せなくなるくらいの蠱惑的な魅力を放っていた。