二人でお酒を飲みたいね。
 夕食を作る。 とはいっても豚肉と少しの野菜を炒めただけ。
ご飯を盛ってテーブルに落ち着くと見ていないテレビを付ける。 音が無いのはあまりにも寂しいからね。
康子はラジオを聞いていた。 こっちのほうが音楽も多いし、野球中継も面白くてね。
今日は電話が掛かってくることも無い。 まあ掛けてくるような人も居ないからいいのだが、、、。
何をするということも無いままにのんびりと飲んでいる。 窓の外の景色も変わらない。
 この辺りは開けているのか寂れているのか分からないが、アパートがいくつか建っている。 そのうちの半分は独身者用だ。
その向こう側には町営の団地が建っている。 みんなはシルバー団地って呼んでいる。
そこには小さいけれど公園も有る。 結婚した当初、康子とよく行っていた公園だ。
芝生が在ってね、天気がいいとそこに寝転がって空を仰いだもんだ。 何も言わずにただじっと空を仰いでいる。
康子もぼんやりと空を見詰めていた。 何を考えていたんだろう?

 静かな静かな時間が過ぎていく。 (そろそろ寝るか、、、。)
そう思っていたら電話が掛かってきた。 「誰だろう?」
不信に思いながら受話器を取り上げる。 「勝田です。」
その声は康子だった。 (康子、、、。)
「お久しぶりね。 番号換えてなかったんだ。) 「換える気がしなくて。」
「今日、ショッピングモールに来てたでしょ?」 「ああ。」
「フードコートにも来てたよね?」 「知ってたんだ。」
「気付いてたわよ。 見てるおっさんが居るなって。」 「おっさんは無いだろう、、、。」
俺は思わず苦笑した。 「だって他人なんだからおっさんじゃない。」
「それはそうだけど、、、。」 「今、いい人居るの?」
「居ないよ。 仕事が忙しくて。」 「土曜日にさ、駅前の居酒屋で会わない?」
「お前こそいい人居るんじゃないのか?」 「居ないのよねえ。 誰もくっ付いてくれないの。」
「お互いに×が付いてるんだもんなあ。 あはは。」 「でもやっぱりさあ、、、。」
「何、抱いてほしくなったのか?」 「そんなんじゃないわよ 馬鹿。」
「馬鹿とはこれまたひどいなあ。」 「お互いに誰もくっ付かないんだからゆったり話しましょう。」
「分かった。 7時にあの店だな。」 「そうよ。 忘れちゃダメだからね。」
康子は明るく言うと電話を切った。 久しぶりだったな。
特に会いたくない理由も無い。 だからって会いたいわけでもない。
それでも俺は誘いを断る理由も無いと思った。
 翌月曜日、俺はいつも通りに会社に出掛けた。 部屋に落ち着くと静かにパソコンを開いて業務開始。
カスタマーセンターの一角で寄せられるメールを見ながら返答を書いたり部署へ問い合わせを投げたりするのが俺の仕事だ。
たまには変なメールも来る。 そんなのはゴミ箱行きだ。
でも中にはプッと笑わせるメールを寄越すやつが居る。 これはまた捨てるわけにもいかなくて置いておいたりする。
するとね、他の曜日にパソコンを開いたやつから「見たらさあ、あんなくだらないメールを消去しない人が居るんだよなあ。 誰だろうなあ?」なんて言いながら俺の顔をそっと見るんだよなあ。
いいじゃないか。 俺だって消去したくなくて残してるわけじゃないんだから。
 昼になると社を出て近くのラーメン屋に飛び込む。 豚骨ラーメンの美味い店だ。
いつものように暖簾を潜り、いつものように隅っこの椅子に座る。
いつものように女の子が来ていつものように豚骨ラーメンを注文する。
しばらくするといつものようにラーメンが運ばれてきて、俺はいつものように割り箸を突っ込んで食べ始める。
食べながらカウンターの奥を覗いてみると、、、。 (あれは、、、。)
テボを持ち上げて麺を丼に載せているのは康子の妹じゃないか。
まさか、涼子がこの店で働いていたとは知らなかった。 でもいつからだろう?
テボを任されているということは何年か何処かで働いていたってことじゃないか。 見習いだったらすぐにああはならないはず。。
しかもテボの動かし方も慣れている。 見上げたものだ。
ラーメンを啜っていると隣に管理課長の米沢美紀が座った。 珍しいな。
「お久しぶりですね。」 美紀が俺に話し掛けてきた。
「ああ、どうも。」 「カスタマーセンターはどうですか?」
「つまらないかと思ったら案外面白い所ですよ。 たまには冷や汗も掻きますけどね。」 「そうですか。」
美紀は塩ラーメンを頼んだらしい。 俺は腹がいっぱいになったので先に席を立った。
支払いをしていると涼子がチラッと俺のほうを見た。 どっか寂しそうな顔だった。
それがどういう意味だかは知らないが。
でも、後々で涼子も絡んでくるのである。 彼女は康子の三つ下の妹だった。
 店を出て表通りをブラブラと歩いてみる。 (そういえば、博多ブラブラなんてお菓子が有ったな、、、。)
ずいぶん昔に見たはずのcmを思い出してみたりする。 昭和の頃は平和だった。
確かに大東亜戦争はやったけれど、、、。
 自転車が通り過ぎていった。 何かに急いでいるような感じだった。
まだまだ春になったばかり。 桜だって蕾がやっと開き始めたばかりだ。
風はまだ冷たい。 山のほうではまだまだ雪も解けずに残っている。
これからどうなるんだろうなあ?
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