【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
「短い時間ですが殿下には御心を休めていただけるよう、あなたがたも精一杯の笑顔のおもてなしを。わかっていますね?」
『行儀見習い』とは表向きであって、皇城の後宮入りを切望する令嬢と彼女らの親たちのほとんどは——皇族の男性に、あわよくば皇太子の目にとまるかも知れない——そんな大きな期待を胸の内に潜ませる。
アルフォンス大公夫人は。
皇太子が来ると聞いて、居住まいを正そうと背筋を伸ばす令嬢たちを愛情深い目で見遣った。
彼女たちに礼儀作法を教えているという教師のような立場もある。だがそれ以上に子宝に恵まれなかった夫人にとって、ここにいる者たちが自分の娘のように思えるのだ。
——ご自身が選んだ『お茶役』を迎えられてからというもの、ジルベルト殿下は後宮にますます顔を出されなくなりました。
そろそろ殿下にも、ご結婚について真剣に考えて頂かなくては。
目の前で面輪を輝かせる《《教え子》》たちの中から、次期皇妃となる者が出るかもしれない……。そんな期待を抱けば、ここにいる令嬢ひとりひとりがとても愛おしく思えてならない。それはまるで、自分の娘が皇妃となるようなものだから。
——特に、リズロッテ。
彼女にはもう時間がない。
リズは切実な《国の事情》を抱えて後宮にいるのですから。つい同情心が湧いてしまう。
ジルベルト殿下がリズに興味を示してくださればと——。
他の令嬢たちが笑顔を輝かせるなかで、リズロッテはひとり俯き……形の良い唇をぐ、と噛みしめていた。
皇太子の訪問を今か今かと待ち侘びていた令嬢たちが興奮を鞘に戻し、ティーカップとソーサーが触れ合う小さな音とともに、静かなお喋りが始まった頃。
円卓の和やかな空気を破るように、双扉を開け終えた侍従が恭しく告げる。
「ジルベルト皇太子殿下が来訪されました」