花婿が差し替えられました
「いい子ね、タロ」
タロを抱きしめるアリスの瞳には慈愛が溢れている。
(多分この人は、自分の子どもにも溢れんばかりの愛情を注ぐんだろうな)
タロを可愛がるアリスを見ながら、ふいにクロードはそんなことを思った。
彼女は子ども好きなのか、使用人の子どもたちに話しかける様子も優しい。
後継が欲しいとは言っていたが、単に後継というのではなく、本当に自分の子どもが欲しかったのだろうと今ならわかる。
おそらくあのまま自分たちが普通の夫婦になっていたら、いずれ子宝にも恵まれ、愛情深い母親になっていたことだろう。
(何を、今さら…)
キリリと胸に走る鈍い痛みに、クロードは気づかないふりをした。
自分自身が潰してしまった未来の形を思い描いてみたって、虚しいだけである。

「今日は夕食を食べて行かれませんか?」
そろそろ退出しようと思っていたクロードに、アリスが声をかけた。
「…いいのですか?」
うかがうようにたずねたクロードに、アリスは小さく微笑んだ。
「いいも何も、貴方はここの旦那様ではありませんか」
「では、お言葉に甘えて」

クロードは五ヶ月ぶりに、アリスと晩餐を共にした。
クロードは騎士姿のまま、アリスも普段着のままで、足元では仔犬が歩き回るという気軽な晩餐になった。
急だったため、品数も少なめだと料理長は恥ずかしそうに言い訳したが、しかしクロードは、五ヶ月前にここでした豪華な晩餐よりも、ずっと美味しく感じた。

(次に晩餐に誘われたら、その時はここに泊まって行こう)
クロードは自然にそう思った。
初夜の翌日から宿舎住まいで、あれからクロードは一度もサンフォース邸に泊まっていない。
もちろん、泊まったからといって鍵のかかった夫婦の寝室のドアを開けようとは思わないが。

二年後、アリスの隣にクロードの姿は無いだろう。
次はせめて、自分のような朴念仁ではなくて彼女を幸せにしてくれるような人間であればいいと思う。
クロードとの未来は潰えてしまっても、やがて彼女は再婚し、自分の望む家族の形を夢見るのだろうから。
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