一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

27.兄妹

『ルナ、君の存在が宰相にバレてしまう前に君を信頼のおける部下に託す。ルナは城を出て、身を隠して生き延びるんだ』

 ルナは昔の夢を見ていた。
 
 ルナの腕が太陽に焼かれたあの日、兄はすぐに動いた。

『お兄様、私、何も悪いことなんてしていない。この魔物を鎮静する力だって国のためになるわ』

 生まれてから、魔女の力があるとわかったルナは、王宮の奥に閉じ込められていた。しかし夜になるとこっそり魔物の鎮静に向かっていた。

 今みたいに魔物と直接対峙する訳ではなく、城壁に立ち、月空の下、この国の安寧を願った。

 そうするのだと、魔女の血が言っていた。

 当時、薬師として城下町で暮らしていた師匠のアリーが警備隊よりもいち早く魔物の誕生に気付き、鎮静して回っていた。
 
 おかげで、ルナが王城にいた十年という歳月は平和だった。

 そのことに心を痛めたルナだが、アリーは嬉しそうに話してくれた。

『ルナが祈りを捧げてくれていたからこそ、私は楽に鎮静出来ていたのよ。ありがとう』と。

 その平和な十年で、義妹のルイーズに『聖なる力』があるとして、宰相が教会とグルになってルイーズを聖女として担ぎ上げた。

 平和な日常に、国民皆が聖女の存在を崇めた。しかし、ルナが城を出て、アリーが他界し、徐々にその平和は崩れていく。

 教会も聖女も自分たちの私腹を肥やすために動いており、税金の取り立てだけが厳しくなる。

 魔物に怯え、行動範囲が狭まり、生活も豊かではなくなっていく。人々の不満はいつしか溜まり、膨れ上がり、魔物が頻繁に出没するようになった。

 それが今のランバート王国の現状だ。

『ルナ、お祖父様はこの国の宰相によって殺された。この国のために動いておられたのに、だ』

 たとえ離宮に閉じ込められようとも、兄に会えなくなるのは嫌だった。そんなルナに、ルイードは信じられない真実を語った。

『母上は俺にだけいつも真実を語ってくれた。その母も宰相に暗殺されてしまった……。あの女を第一王妃とするために……』

 閉じ込められたルナに父は一度も会いに来なかったが、母はたまに来てくれていた。優しい笑顔がいつの間にか消されていた。

 ルナに母の死が知らされることはなく、葬儀もいつの間にか終わっていた。そして今回の騒動だ。

 ルナは母の墓前に手を合わせることも叶わず、城を追われることになった。

『ルナ、俺は王太子として力をつけて、王になる日まで必ず生き残ってみせる。だからルナも薬師として街で信頼を得て生き残って欲しい』

 兄の覚悟を決めた強い瞳に、ルナは静かに目を閉じた。

『私は外から、お兄様は内から、この国を守るんですね』
『そうだ。この国をあるべき姿に、宰相の手から取り戻す』

 当時のルイードには国が荒れていくのが見えていた。13歳ながらに王太子として、この国の未来をしっかりと見据えていた。

 ルナはそんな兄を尊敬し、慕っていた。

 そうして兄妹は互いに手を握り、約束を交わした。

 お互いに覚悟を決めてからは、あっという間だった。

 ルナは第一王女ルナセリアとしての生を終え、薬師のルナとしての生を歩むことになった。

 ルイードは優しい王太子から、妹殺しの王太子として恐れられるようになった。

 お互い、生活がガラリと変わってしまったが、国を想う芯の部分は変わっていない。

 ルナもアリーと出会ったことで、孤独から救われた。アリーとテネ、ルナにとって新しい家族だった。

 しかし、師匠が死んで、一人で魔物を鎮静して回らなければなくなった。

 その時初めて、ルナは孤独を知った。

 テネが側にいてくれて、クロエは話を聞いてくれる。シモンという協力者もいて、兄は遠く、王城で同じように戦っている。わかっている。

 それでもルナは折れそうな心に何度も泣きそうになった。

『俺たちは戦友だ』

 そんなとき、一緒に戦ってくれるエルヴィンが現れた。夕日色の髪と瞳。沈む夕日を最後まで眺めてみたい、と願うルナにとって、恋い焦がれる色だった。

 思えば、エルヴィンの情報を聞いた時から、『この人は信頼出来る』と感じていた。

 仲間のために自身がどうなろうと構わないと思う人。国を守ることを優先に動ける人。

 クロエやシモン、兄を信じてくれる人は皆そうだ。だけど、こんなにも真っ直ぐで、真面目で、そして不器用にぶつかる人は初めてだった。

 憧れの色だけじゃない。そんなエルヴィンが眩しくて、好きにならないはずなんてなかった。

 夢と現実が曖昧に混じり合う頃、ルナは頭だけ覚醒して思う。

(エルヴィンさんは私が魔女だと気付いただろうか? ……せっかく戦友だって言ってくれたのに。でも、私、使命をやり遂げられたら、エルヴィンさんになら殺されても良い……)

 涙が頬を伝い、落ちる。はっと目を開ける。

「ルナ?」

 ルナが目を開け、見知った天井だと気付くまで数秒、自分の布団の上だとようやく気付く。

(私、ちゃんと生きて帰って来られたんだ……)

 ズキリと痛む足に目をやれば、包帯が巻いてある。エルヴィンが手当てしてくれたのだと瞬時に理解する。

「身体の方はどうだ?」
「まだだるいですけど、動かせはします」 

 心配そうな声のエルヴィンの方へ顔だけ向けてルナは返事をする。

「そうか、良かった」

 安堵した表情で笑みを零したエルヴィンに、ルナは「好き」だと思った。その想いが確かになってしまったが、消して口に出してはいけないとわかっていた。

 次の瞬間、エルヴィンは真面目な顔に変わって、簡潔に、

「ルナ、本当のことを話して欲しい」

 とだけ言った。

 ルナは全てを話さなければいけない、と悟った。そして覚悟を決めた。
 
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