一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

28.魔女の代償

 ポツポツと水が落ちる音が小屋の屋根を伝って聞こえてくる。

 どうやら外は雨らしい。

 この国は大抵は晴れているので、雨は珍しい。

(雨なら外に出ても大丈夫なのかな?)

 そんなことは試したくても怖くて出来ないくせに、と詮無きことを思いながら、ルナはエルヴィンに視線を戻す。

 真剣な眼差しと、ルナの身体を心配する労りの目が同居した、綺麗な夕日色にルナは吸い込まれそうになる。

「私の師匠は、魔女一族の生き残りで、私もそうなの」

 ルナは自分が王女であったことは伏せて話す。

 『魔女』という単語に、エルヴィンの瞳が揺れた。予想はしていただろうが、実際に聞くとなるとやはり驚くだろう。

「魔女は魔物を鎮静させる力を持つ。この身に魔物の生まれる元凶である、闇の力を取り込み、鎮静させる。その代わり、私たち魔女は太陽の光を浴びると焼かれ、やがて死に至る……」

 胸の前でぐっとワンピースを握り締め、ルナはエルヴィンを見る。

 エルヴィンの瞳は揺れていたが、真剣にルナの話を聞いている。

「前王はその事実を国民に明かし、魔女一族と王家が協力して国を守っていこうとしていた。だけど……」
「……魔女狩り……」

 ルナの言葉に、エルヴィンは言いにくそうに溢す。

「私の真実は、それだけ……。だから、私はこの力で、この国を平和にしなければいけない。エルヴィンさん、私を殺すのはそれまで待って欲しい」
「なっ……」

 ルナの言葉にエルヴィンが戸惑った顔を見せた。

「ルナ、俺は君を殺す気は無い」
「え?」

 エルヴィンの意外な言葉にルナはきょとんとした顔をする。

「……友人を殺すような男だと思われていたのなら心外だ」

 いじけたような顔でエルヴィンがルナを見る。その表情が何だか可愛く見えたが、今はそれどころではない。

「エルヴィンさん、だって、『魔女』はこの国の禁忌で……隠し立てしたりしたらエルヴィンさんだって罰せられる……」
「ルナ」

 泣きそうなルナに、エルヴィンはルナの両肩をそっと包み込み、視線を合わせる。

「君は何も悪いことなどしていないだろう? 俺は、魔女のことは何も知らなかったが、君と一緒に戦ってきた日々を思えば、君を殺そうなんて思えるはすがない」
「私を、信じてくれるんですか……」
「当たり前だ!」

 ルナの言葉にエルヴィンは少し怒り気味に言った。   

 ルナの目からは涙が溢れる。

「それに、俺はまだこの国を信じている。王太子殿下がきっと導いてくださる」

 エルヴィンの真っ直ぐな言葉に、ルナの涙が止まらない。

「君は昨日から泣いてばかりだな」

 ふっ、と口元を緩めたエルヴィンがルナの目元の涙をすくう。

「だって……」

 言っているそばからまたルナに涙が溢れる。

 エルヴィンは優しい表情で涙を拭い続けてくれている。

「……君は、君の一族はこの国に滅ぼされたのに、何故この国のためにそこまでする?」
「それは……」

 エルヴィンの姿が昔のルナと重なる。

 家族を皆殺しにされたのに、この国をいつまでも想っていた師匠のアリー。こんな国など見捨てて、他国に亡命したって良かったのに。

「この国には大切な人がいるから……」

 ああ、そうか、とルナは思った。

「それに、国民には関係無い。悪いのは、一部の人だから」

(アリーも同じだったんだ。この国を、大切な人を守りたいって、思っていたんだ!)

「それは、王家の……」
「ううん、元凶は宰相で……」
「宰相だって?!」

 魔女狩りは王家の主導では無いことを伝えようと、うっかり口を滑らせ、ルナはしまった、と思う。

「宰相が……いや、自身の孫を聖女に祭り上げ、美味しい思いをしているのは……しかし、税収の値上げは国王も肝入りで……」
「国王は聖女の力を信じ切って、教会に盲信していると聞きましたが?」

 言ってしまったものは仕方ない。ブツブツと考え込むエルヴィンにルナは口を挟んだ。

「君は情報通なんだったな」

 夕日色の目を大きく見開き、エルヴィンがルナを見て言った。

「そうか、殿下が王は教会の言いなりだとぼやいておいでだったな」

 エルヴィンの言葉に、今度はルナが目を見開く。

(エルヴィンさんはお兄様がぼやけるほど信頼できる人だったんだ。やっぱりエルヴィンさんはいつかあそこに戻る人なんだわ)

「やはり大きな改革が必要か……しかし宰相が……」

 エルヴィンはまだブツブツと言っている。警備隊も近衛隊も関係無い。一人の騎士としてこの国を守りたいと願うその姿に、ルナは目を細める。

「国民一人一人が立ち上がらないと、もう駄目なのかもしれないな……」
「そうですね……」

 エルヴィンの呟きに返事をすると、ルナのまぶたが落ちる。

「ルナ?」

 どうやら体力の限界だったらしい。ルナは深く眠りに落ちた。

「……よく話してくれた」

 眠るルナの顔を眺めながら、エルヴィンはルナの髪を撫でる。そのままするりとルナの肩に手をやる。

「色んなものを押し込めて、こんな小さな肩に一人で背負っていたんだな……いや、お前がいたか」

 エルヴィンが視線をやった先には、二人から距離を取って、身を丸くしたテネがいた。急に声をかけられたテネは、尻尾をぴっと垂直に上げて驚く。

「ルナ、今まで頑張ったな」

 エルヴィンはルナの頭を撫でながら言った。

 その優しい声色の温もりを微かに感じながら、ルナは深い眠りについた。

 ルナをしばらく見守っていたエルヴィンは、しばらく考え込むと、何かを決意したように立ち上がり、小屋を後にした。
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