一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

34.不満

 街頭に照らされた街も、賑やかさを増している。今日は満月だ。王都の空には雲一つ無い、漆黒の夜空に一際明るい月が光り輝いている。

 ベンチに座ってサンドイッチを頬張っていたルナとエルヴィンだったが、街の中心部から楽団の賑やかな音楽が流れ、耳に入ってくる。

「聖女が来たようだ」
「聖女様が?」

 日中は貴族への謁見に忙しい聖女は夜にこの街にやって来る。馬車に乗った聖女のパレードだ。

 聖女が通る道の国民は全て頭を下げ、聖女を直接見てはいけない。ただし、寄付金を積めば、そのご尊顔を拝謁出来るらしい。

 このパン屋は中央の通りから一つ脇に入った所にある。その脇道からは近衛隊が歩く姿が見えた。

 ここにいるルナのことなど見えないだろうが、ルナはフードを目深に被る。

 馬車の先頭を歩く近衛隊は、籠の花びらを撒きながら進んで行く。

「国の宝である近衛隊を何て使い方……」

 思わずこぼした言葉にハッとしてルナがエルヴィンを見れば、彼は真っ直ぐにその先の近衛隊を見つめていた。

(エルヴィンさんは本来ならあそこにいるべき人なのに……でも今の近衛隊では宝の持ち腐れよね)

「あれが聖女……」
「こっちに避難してきて良かったな」
「わざわざ頭を下げに行く奴の気がしれないぜ」
「あの通りに店を構える奴もいるから仕方ないさ」

 パン屋の周りの広場に集まった人々が話している。と、中央の通りを走っていた馬車がパン屋の通りの交わる所で止まった。辺りが一気にざわめく。

「おい! 聖女様の視界に入る隅々まで頭を下げないか!」

 馬車からわざわざ降りてきた教会の司教がその場で怒鳴り散らす。その場にいたほとんどの者が慌てて跪いたが、一人の青年が意義を唱えた。

「おかしいだろ! こんな脇道でもそんなことをしないといけないなんて!」
「聖女様の目に入る全てが、不快なものであってはならないのだ!」

 青年の異議に司教はピシャリとはねのける。

 ルナは一番奥のベンチにいたが、見つからないようにフードを深く被り、地面に張り付くように頭を下げてことの成り行きを見守った。

「この聖夜祭は俺たち国民のためのものじゃないのか?! 何故……」
「あら、このお祭りは、国民が私を崇め奉るためのものよ?」

 青年の訴えに、馬車から声がすると、その声の主は現れた。

 銀白の布に光り輝く宝石を余すことなく縫い付けられたドレスを纏い、金髪の長い髪をかきあげながら、その少女は街のレンガ道に足を下ろす。

「聖女様……! こんな所に降りてはなりません!」

(ルイーズ……!!)

 幼かった義妹は、美しく成長していた。しかし、その態度から、国民を見下しているのがわかる。

 聖女の登場に、その場がざわめく。

「ねえ、司教、その下民に私の崇高さを知らしめて?」
「仰せのままに……!」

 ルイーズは司教にくいっ、と扇で合図をすると、馬車に踵を返した。

 先頭を歩く近衛隊の他に、馬車の後ろに控えた教会の私兵たちがいる。司教が合図をすると、私兵たちは青年を捕らえる。

「何だよ?!」

 青年は抵抗するも、兵たちによって取り押さえられてしまう。

「聖女様のご気分を害したお前は、この場での処刑が決まった」
「なっ……?! そんなことで?」
「そんなことではない!」

 異様な空気に、その場の皆が凍りついたように動けなくなる。青年を助けたいが、そんなことをすれば次は自分が同じ目に合う。

(ダメっ!!)

 青年に剣が振り下ろされ、止めようとしたルナよりも先に動いたのはエルヴィンだった。

 エルヴィンの剣が私兵の剣を受け止め、薙ぎ払う。

「なっ?!」
「国民の命は誰であろうとも、奪うことは許されない」

(エルヴィンさん!!)

 エルヴィンの登場に司教がたじろぐ。

「……もしかして、エルヴィン・ミュラー?」

 馬車に戻りかけていたルイーズがこちらを見て驚いていた。

「聖女様、申し訳ございません! この男も今すぐ切り捨てますので!」
「待って!」

 司教の言葉にルイーズがにやりと口角を上げて近付いて来る。

「ふうん、あなた、警備隊に左遷されたって聞いたけど、本当だったんだ」

 エルヴィンの顔を食い入るように見るルイーズに、エルヴィンは訝しげな顔をする。

「ねえ、あなた、顔が良いじゃない? 私に仕えるなら、私付の近衛隊に戻してあげても良いわよ?」
「聖女様……!」

 ルイーズの言葉に司教が焦るも、ルイーズは司教を睨みつけたあと、エルヴィンに向き直る。

「私の側にずっといて、私の言う事を聞くのよ? 近衛隊という誉れを貴方に私はあげられる。どう? たまにはキスだってしてあげてよ?」 

 エルヴィンの頬に手を添え、ルイーズがにっこりと微笑む。

 エルヴィンはピクリと眉を動かすと、ルイーズの手を振り払った。

「結構だ。お前に仕える気は無い」
「なっ……」

 エルヴィンの迷いのない言葉にルイーズは顔を真っ赤にして、プルプルと震えている。

「近衛隊に戻れるのよ?!」
「誉れに思うのは、どこにいるかじゃない。誰に仕えるか、だ」

 ルイーズに仕えるのは誉れではないのだと、はっきりと示すエルヴィンに、ルイーズはカッとなり、手の扇をエルヴィンに投げつけた。

「司教! この無礼な男を処罰して!!」
「はい、仰せのままに!」

 ルイーズはそう言い捨てると、私兵たちの後ろに下がる。エルヴィンは私兵たちに取り囲まれてしまった。

(エルヴィンさん!!)

 ルナが駆け寄ろうとしたとき、一気に周りから声があがる。

「おかしいだろ!!」
「そうだ! この人はこいつを助けてくれたのに!」
「この人、いつも街を守ってくれてる警備隊だろ? 何で何もしないお前たちに殺されなきゃいけないんだよ!」

 一人の声から、一気に声が膨れ上がり、その場にいた人たちが私兵を囲む。

「何だ、お前ら! 全員引っ捕らえるぞ!」

 囲まれ青い顔をする司教が叫ぶ。

「きゃああああ!」

 司教が私兵に指示をしようとしたその時、下がっていたルイーズから悲鳴があがった。

 ルイーズの目線を追うと、獣の形をした魔物が、すぐそこにいた。
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