一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

32.魔物討伐

「魔物だ!」
「こんな街中に?!」

 突然現れた魔物に人々はパニックになりながらも逃げ惑う。

「あんた、聖女なんだろ?! 魔物を鎮圧してるんだろ?! 何とかしてくれよ!」
「きゃあ!」

 側にいた男がルイーズの手を取った。

「無礼者!」
「ぐあっ」

 ルイーズの側にいた私兵が、すぐさまその男を剣で切り捨てる。

「何てことを……!」

 その場に緊張が走る。

 エルヴィンは魔物に気を取られ、間に合わなかった。

 その場にいた国民の責める目が一斉にルイーズに集まる。

「な、何よ! 私は力を与えているんだから、あんたたちが何とかしなさいよお! 近衛隊は何をしているの?!」
「王女殿下、すぐに魔物討伐を……」

 馬車に待機していた近衛隊員が騒ぎを駆けつけて、ルイーズに走り寄って告げる。

「そんなことより、あんたたちは私を守るのが仕事でしょ?! あんな化け物、警備隊員に始末させなさいよ!」

 罵倒された近衛隊員の顔が歪む。しかし彼は言い返さない。ギュッと拳を身体の横で握りしめている。

「そうだわ、ちょうど警備隊員がいるじゃない! 私を怒らせたから加護は得られないと思うけど、そいつを仕留めて、私に謝罪するなら褒美をあげても良くってよ?」

 ルイーズは剣を構えるエルヴィンに指を指して言った。

「……っ、エル、か?」

 かつての同僚であるエルヴィンに、近衛隊員が驚きで目を開く。

「その王女は邪魔だ、さっさと連れて行け!」
「! あ、ああ!」

 エルヴィンの叫びに、近衛隊員は頷き、ルイーズを馬車へと促す。

「さあ、王女殿下……」
「何よ、アイツ! 私のこと邪魔ですって?!」

 馬車へと連れて行こうとする近衛隊の腕に抵抗しながら、ルイーズが叫ぶ。

 ウオォォォン

 ルイーズがごねていると、魔物のけたたましい声が広場に響いた。

「ひっ……」
「さ、早く……!」
「歩けないわ……!!」

 魔物に腰を抜かしたルイーズは、近衛隊に抱えられ、馬車へと戻って行った。

「何だあれ、あれが聖女……?」

 その場にいた人々は馬車に舞い戻っていく聖女を見送りながら、不審の目を向けた。

「待ってください、聖女様〜」

 司教とその私兵たちも後を追った。

 その場に残された人々も我に返ると逃げ惑い、その場は混乱に満ちている。

「大丈夫ですか?!」

 私兵に切られ、その場に取り残された男性にルナが近付く。

「うう……」

 意識はあるが、血が止まらない。ルナは鞄から急いで薬を取り出して、男性の口に押し込んだ。

 少し離れた所では、エルヴィンが先程の魔物と対峙している。

 薬を飲み込んだ男性の怪我が瞬く間に治る。

(ここから離さないと……!)

「ルナちゃん!」

 逃げ惑う人々をかき分けてシモンがやって来て、ルナはホッとする。

「シモンさん、この人を安全な所へ!」
「! ああ! お前ら、街の人たちを安全な所まで誘導するんだ!」

 シモンはルナの目の前で横たわる男性を見つけ、一緒に来た警備隊たちに急いで指示をする。

「あれ、エルヴィンの婚約者さん? エルヴィンは――」

 シモンと一緒にこの場に駆け付けたニコラがルナに気付く。ルナよりも遠い先の広場で剣を構えるエルヴィンを見つけ、息を呑む。

「街中に魔物だって?! 警備はしっかりしているはずなのにどうやって入り込んだんだ?!」
「そんなことよりニコラ、エルに加勢しろ!」
「はいっ!」

 驚きでその場に立ち尽くしたニコラだったが、シモンの命令に即座に反応して走り出した。

「ルナちゃん、あれって……」
「はい。去年は魔物が形になるまで次の日までかかっていました。もう、抑えようがなくなっています」

 先程の騒ぎでこの国と聖女への不満が魔物へと形を変える。

 ルナとシモンが向かい合うと同時に、街の中心から地響きのような凄い音がした。瞬間、足元もグラグラと揺れる。

「何だ?!」
「あれ!!」

 ルナは街の中心から禍々しい黒い渦が立ち上るのを見た。

「ルナ! 聖女像だ!」

 ニャーンとテネが足元にやって来る。ルナはテネに頷いて、驚きの表情で渦を見上げるシモンに向き直る。

「シモンさん、これ、預けます!」

 ルナの大量の薬を鞄ごとシモンに差し出す。

「えっ?! これって……てか、ルナちゃんはどこ行くの?!」

 鞄を渡すなり走り出したルナは、もうそこにいない。

 少し先を走るルナはシモンに振り返り叫ぶ。

「私はあの渦を何とかします! 街を、国民をお願いいします! シモンさん!」
「一人じゃ危ないよ、ルナちゃん!!」

 シモンの声は届かず、ルナの姿はもう小さくなっていた。

「くそっ、エルは……」

 シモンがエルヴィンの方に視線を向ければ、合流したニコラと魔物に囲まれている。

「数が増えていないか?! くそっ! お前ら、しっかり皆の避難を済ませろよ!」

 シモンは側にいた人警備隊に指示をする。

「隊長、俺たちも戦います!」
「バカ野郎! 国民の安全が先だ! 頼んだぞ!」
「……はい!」

 シモンは部下たちに避難の指示を出し、すぐさまエルヴィンとニコラの方へ走り出す。

「どーなってんだよ、これ?! 倒しても倒しても湧いて出るじゃないか!」
「……あの渦のせいか」

 背中合わせで魔物と向き合うエルヴィンとニコラ。ニコラからは弱音が出る。エルヴィンは遠くの渦を横目に、冷静な分析をする。

 ザンッ、という大きな斬撃の音と共にシモンが二人に合流する。

「おい、エル! ルナちゃんが一人で行っちまった! お前は後を追いかけろ!」
「ルナが?!」
「え? え? ルナってエルヴィンの婚約者のこと?」

 シモンの叫びにエルヴィンの表情が一気に焦りに変わる。ニコラはわけが分からず会話に置いてきぼりだ。

 グルルル……

「くそっ!」

 シモンが魔物を倒して空けた道が、すぐに魔物で塞がれてしまう。

 ルナの元に早くエルヴィンをやりたいシモンだったが、魔物に囲まれてしまっては、戦うしかない。

「かかれ!」

 その時、囲まれた魔物の外から声がした。

 声と同時に、聖魔法の使い手が魔物の動きを止める。魔物を次々に切り倒していくのは近衛隊だった。

「マティアス……か?」
「久しぶりだな、シモン」

 近衛隊と警備隊、けして交わることのない二人の隊長は、旧友だった。

 久しぶりの邂逅に、さすがのシモンも驚きで固まった。
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