一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

36.邂逅

「まさか、動かれたのか?」

 驚きで時を止めたシモンだったが、すぐにマティアスの登場から全てを悟る。

「ああ。殿下は腹を括られた」
「そうか。エル!」

 マティアスの返答に目を閉じたシモンは、エルヴィンに叫ぶ。

「ここは俺たちに任せて、すぐにルナ様(・・・)の元へ向かうんだ!」
「……! 隊長、まさか全てを?」

 シモンのルナの呼び方に、エルヴィンはシモンがルナのことを知っていたのだと理解し、驚く。

「エル、今はそれどころではない! あの渦はヤバい! 早くルナセリア様の元へ向かうんだ!」

 エルヴィンは、今度はマティアスから急かされる。

 二人の顔を見れば、全てを知った上だとわかる。

「「エル、行け!!」」

 昔と今の上司からの言葉に押され、エルヴィンは走り出した。

「ここを頼みます!!」

(あのお二人が動いているということは、きっと殿下絡みに違いない! 殿下には何かお考えがあった)

 エルヴィンはルイードを訪ねたとき、彼の醸し出す空気から、この聖夜祭でこの国が変わることを期待をした。

(でもそれとルナが危険な目に合うのは別だ!)

 エルヴィンははやる気持ちを押し込め、街の中心に向かって走った。

 警備隊に導かれ、人々が逆方向へと走って行く。

(ルナ、どうか一人で無茶だけはしないでくれ!)

◇◇◇

「誰か渦に飲み込まれている!」

 渦は街の中心にある聖女像に沿うようにして生まれていた。月の光に、黒く妖しく照らされている。

 すぐ近くまで来たルナは、高く立ち上る渦を見上げた。

 街の中心はすっかり人がいなくなり、静かだ。渦の轟音だけが不気味に響いている。

「ここで何をしている!」

 渦に気を取られ気付かなかったが、近衛隊がいた。ルナはびくりと肩を震わせる。

(しまった……誰もいないと思っていたのに。早く鎮静しないといけないのに……)

 ギュッと胸元の外套を握り締め、ルナはその場に立ち尽くす。

「良い。その者はここへ」

 懐かしい声と共に、近衛隊から道を開けられる。

(お、にい……さま?)

 近衛隊で両脇に開かれた道の先には、金色の髪、金色の瞳、王族の白いジャケットを着た男の人が立っていた。七年ぶりに再会した兄だった。

 ルナは外套のフードを深く被ったまま、一本ずつゆっくり兄に近付く。

「……渦の中に人が巻き込まれています。助けないと」
「あれはルイーズだ」
「?!」

 一歩ずつ近寄りながらルナが声をかけると、兄からは信じられない言葉が返ってきた。

「ルナ、7年間すまなかったね。これで聖女なんていないと貴族にも国民にも知らしめられるだろう。ルイーズが魔物化するのを待って、近衛隊が成敗する。ルナは鎮静の手助けをして欲しい」
「何を……言っているのですか? ルイーズはあなたの妹でしょう?」

 近衛隊は離れた所で二人を見守っている。ルナが誰なのかはまだバレてはいないようだ。

「ルイーズはコンスタン宰相と一緒になって国民を蔑ろにしすぎた。その責を担わなければならない。それに、コンスタン家を潰すには良い機会だ」

 ルイードの淡々とした言葉に、ルナはゴクリと喉を鳴らした。

「それが、お兄様の戦い方ですか?」
「そうだ」

 ルイードに表情は無い。でもどこか悲しそうにルナには見えた。

「そうですか! じゃあ、私は私の戦い方でこの国を守ります!」
「ルナ?!」

 ルナはルイードを睨むと、渦への距離を一気に縮めて、両手を差し出す。

(月の光よ、私に力を――!!)

――ろせ……

(え……?)

 渦からは禍々しい黒い闇がルナに流れ込んでくる。

――聖女を殺せ!!

「ううっ……!」

 国民の闇が一気に流れ込んでくる。ルナは頭が割れそうになりながらも、月の光を開放する。

――聖女なんて結局何もしてくれない

――俺たちは国に殺されるんだ

「そんなことない!」

 どんどん流れてくる闇にルナは必死に抗う。

――仲間の魔女を殺されてまで何故命をかける?

(えっ?)

 国民の不安や怒りとは違う声がルナに流れ込む。

――自分たちの利益のために罪のない魔女たちを滅ぼしたこの国を許さない

(ここ、魔女狩りの中心地――?)

「ルナ!!」

 テネの叫びが遠くに聞こえる。

 大きな渦は轟音を立てて風を起こす。ルナ以外、渦に近寄れる者はいなかった。

――死んだことにされて、何故そこまでしてこの国のために生きる?

「私はこの国の王女で、国を守るのは義務で……」

――光を浴びることもなく、お前の師匠のように一人で死んでいく運命なのに?

「違う……一人じゃない……」

――兄もお前の力を利用するだけして捨てるんだ

「違う! 違う!」

――本当に? 未来なんて思い描けなかったのに?

 闇の声がルナの心を抉る。気付けばルナは涙を流していた。

「それでも、私は……」

 がくりとルナは膝をつく。

――闇の力を鎮静するのではなく、受け入れろ

 囁きがルナの耳をかすめる。

「受け入れる……」

――この国なんて、滅んでしまえ

「わた、しは――」

 ルナの意識が遠ざかりそうになる。強く、大きな闇を受け止めきれない。

「ルナ!!」

 意識を手放しそうだったその時、ルナの背中を支えたのはエルヴィンだった。



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