一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

37.闇を断つ

「エルヴィンさん……?」

 背中を支えられ、ルナはぼんやりとエルヴィンを見上げた。

 エルヴィンの聖魔法はやはり強い。だからこそここに辿り着けたのだとルナはぼんやりと思った。

 ルイードを始めとした近衛隊たちはこの付近に近付けずに、成り行きを見守っている。

 先程のルイードの言い方では、ルイーズが魔物化するのを待っているようだが。

「ルナ、遅くなってすまない! この渦を一緒に鎮静しよう!」

 必死で辿り着いたエルヴィンに、ルナはそっと片手で彼の身体を押しのける。

「エルヴィンさん……、この渦は国民だけではなく、この国の歴史の闇の集大成のようです。これを取り込んだら、私は間違いなく自我を失うと思う。だから――」

 ルナはエルヴィンを真っ直ぐに見据えて言った。

「闇の力をこの身に宿し、渦が収まったら、すぐに私を聖魔法の力で切ってください」
「何、言っているんだ……?」
「お兄様が言っていました。渦に取り込まれたルイーズは魔物化すると。ならば、この渦の闇の力を私の身に取り込めば、一旦鎮静します。爆発してルイーズが魔物化するよりは安全にこの渦を鎮静出来ます」

 もはや隠す気のないルナはエルヴィンに平然と話す。

「あそこにルイーズ王女殿下が……。殿下の意に反して救いたいのは、君の妹だからか?」
「知ってたの?」

 エルヴィンの言葉にルナは目を大きく見開く。

「……何となくそうじゃないかと殿下に確認に行った」
「お兄様に……」

 ルナは近寄れるギリギリのラインにいるルイードに目をやると、彼は表情を変えずに、ただこの渦を見ていた。周りの近衛隊がいつでも戦えるように臨戦態勢だ。

「じゃあ、話は早いね。私、元王族なんです。だから、この国を救う責任は私にもある」
「だからって俺に君を殺せと?!」

 エルヴィンの切ない叫びが痛い。ルナは泣かないようにぐっと眉をあげて続ける。

「エルヴィンさん、お兄様を信じてるって言いましたよね? 私も信じてる。この闇を抑えても、国民の不安や怒りが解消されなきゃ意味がないもの。お兄様がこの国の未来を開いていってくれると信じているから、私は安心していなくなれる」
「ルナ!! やめるんだ!」
「殿下……」

 二人に割って入るように、遠くからルイードの声がした。

「ルイーズは生きて、この国にしてきたことを省みないと。ちゃんと公の場で裁きをうけるべきです。それに、私は一度死んだ身ですから」
「ルナ……やめてくれ……」

 ルイードに向かって、ルナは静かに微笑んだ。

 ルイードは妹の覚悟に懇願するも、それより先には進めない。悲しそうな表情にルナの覚悟が揺らぎそうになる。

(月の光よ、私に力を――)

 ルイードを振り切るように、再び渦に向き直し、ルナは力を開放しようとした。

「ルナ!!」

 背後からエルヴィンの温かな体温を感じ、ルナは抱きしめられたのだと理解する。

「エルヴィンさん?!」
「俺が生涯、君を守るから!! 一緒にこの国を守って行こう!」

 エルヴィンに抱きしめられた腕から、彼の聖魔法の力がルナに流れ込んでくる。

 渦に手をかざしたまま、ルナの目から涙が溢れる。

「戦友だからって、そんなプロポーズみたいな台詞……さすがエルヴィンさんというか……」
「また泣いているのか」

 エルヴィンはがっちりルナを捉えたまま、片手でルナの涙を拭う。

「どうなるかわからないのに、エルヴィンさんを巻き込めないよ」
「俺は君を絶対に殺さない」

 ボロボロ涙を溢すルナに、エルヴィンが力強く言う。

「大丈夫だ、俺たちなら。戦友、だろ? 俺たちを信じて」

 エルヴィンの唇がルナの月の髪留めに落ちる。

「うん……!!」 

 エルヴィンの温もりを感じながら、ルナの心が月の光のように輝いていく。

「月の光よ――」

 ルナが手を差し出すと、エルヴィンも自身の大きな手をそこに重ねた。

「聖魔法の力よ――」

 エルヴィンもルナに習い、唱える。

 二人の重なった手からは、大きな光が輝いていく。

「「私たちに力を!!」」

 ルナとエルヴィンの声に反応するように、カッと白い、黄金のような光が弾けた。

――この国を守りたい

――ああ、この国の行く末を見守れなくて悲しい……

――愛しているわ……

(これって――)

 渦に沿うように光は急速に立ち上っていく。

 パアン、と渦が弾け飛び、いつもは闇の力を一斉に受けるはずが、ルナはかつてこの国の王と愛し合った魔女の声を聞いた気が、した。

(落ちる……)

 渦の中にいた義妹のルイーズが落下していくのをぼんやりと見つめながら、ルナは意識を手放した。

「保護しろ!!」

 ルナを抱えるようにしてエルヴィンも一緒に倒れ込む。

 渦は消え去り、ルイードが近衛隊にすぐさま指示を飛ばす。

 落下してきたルイーズも見事近衛隊に受け止められ、事なきを得た。

「この二人の力は予想外だったな……」

 保護され、毛布にくるまれるルナとエルヴィンを見下ろし、ルイードが大きく息を吐く。

「殿下!」
「ご無事で!」

 魔物を鎮圧したシモンとマティアスが揃ってルイードの元に辿り着く。

「上手くいったみたいで何より」
「……エルヴィンをよこしたのはお前か、シモン」

 ニカッと笑うシモンにルイードは眉根を寄せた。

「ルナ様が一人で走り出して行ってしまったので。まあ、人知れずこの国を守っていた英雄の二人ですよ? 俺は信じていました」
「……私はルナのおかげで、本当の妹殺しにならずに済んだようだ……」
「それは何よりで!」

 ルイードは目を細めてルナを見つめた。シモンは嬉しそうに笑っている。

「まーた、二人だけわかり合っちゃってます?! 俺、いい加減グレますからね?」

 そんな二人にマティアスが顔をしかめて割り込む。

「ルナ、大丈夫?」

 ニャーンとテネがルナの側に寄る。

「ああ、テネか。お前も頑張ったな」

 ルイードがテネの頭を撫でると、テネは気持ちよさそうに目を閉じた。

「こいつもルナと一緒に保護してくれ」

 ルイードはルナを抱える近衛隊に指示をすると、テネをルナの上にちょこんと乗せた。

 ルナもエルヴィンも治療のために運ばれていく。

「殿下が踏み出せたのはお前のおかげだよ、マティアス」
「……俺はお前が近衛隊の隊長に相応しいと思っていた。身分のせいでお前ばかり貧乏くじだ」
「俺は、警備隊の隊長になったおかげで、今の奥さんと良い仲になって結婚出来たから、幸せだぞ?」
「そうかよ……」

 近衛隊と警備隊が一緒になって辺りの後片付けをしている。

 ルナとエルヴィンが運ばれていくのを見守りながら、シモンとマティアスは互いに背中を叩いて笑い合った。

 
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