新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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 何度目かの揺れの際に、反動で馬車の扉が開く。開いた扉の反対側では、近衛騎士と賊が剣を交えて、激しい戦闘を繰り広げている。
 このタイミングで賊に出くわすとは。しかも数も多く、騎士相手にかなり好戦的なのが伺える。
 きっとレティシアがグランヴェールに戻る事を、快く思わない何者かの差し金で、待ち伏せしていたと考えるのが妥当だろう。丁度国境付近となるこの場所で。

「も、もう……わたくし、耐えられませんっ」
「れ、レティシア様!?」

 酷く狼狽したレティシアが、侍女の手を振り切り、恐怖のあまり馬車から飛び出した。
 そして目の前に広がる、深い森の中へと逃げ込んでしまった。慌てた侍女が、近くにいた騎士に悲鳴のような叫びをあげる。

「騎士様!レティシア様を追って下さい!早く!」

 言われるまでもなく追うつもりだったが、レティシアが逃げ込んだのは、草や木々が無造作に生い茂る森。騎乗したまま進むのは困難なため、馬を降りてから騎士は駆け出した。
 か弱き令嬢であり、ヒールの高い靴にドレスを着込んだレティシア。勇壮な騎士ならば直ぐに追い付ける筈だ。

 レティシアを追って、近衛騎士が森に入って行くのを、その場に残された侍女は見届けた。そして侍女は、ふいに眼鏡を外して呟いた。

「さて、私も加わるか」

 戦況を把握するためなのか、軽やかに馬車の上へと飛び乗る。黒く長い髪が風に揺れ、ロングのお仕着せを靡かせる。
 侍女は毅然とした表情で背筋を伸ばし、眼前の敵を見据えると、目を眇めて上空に向かって声をあげた。

「テオドール!賊の中に魔術師が紛れ込んでいる、私達はそちらの排除を優先するぞ」
「分かってるよ、シーマ!」

 空をグリフォンで駆けてきたのは、空色の髪の宮廷魔術師、テオドール。

 シーマと呼ばれた侍女は、右手を翳しながら詠唱を紡ぐ。そして空を切るようにして、手を振り下ろした。
 シーマから放たれた、風の刃が敵に向かってお襲いかかる。

 突然の魔法による攻撃。しかも侍女の格好をした、奇妙な女に呆気に取られそうになった。だが馬車の上という分かりやすく、狙いやすい位置に立っているのを好機と見た。逃す理由もなく、急ぎ弓を手にして戦っていた賊達が、一斉に弓を引く。

「撃て!!」

 狙いを定めた弓矢が、シーマ目掛けて一斉に放たれる。が、シーマは素早く防御魔法を詠唱して矢を防ぎ、魔法防壁にぶち当たった矢が地面へと落ちる。そして矢継ぎ早に掌から放たれた光弾が、次々と賊に襲いかかり、彼らを戦闘不能に陥れていった。

「何だあの女は……!?」

 人数からして優勢の筈だったにも関わらず、一気に押され始めた事に、敵は酷く狼狽する。
 急に侍女が戦闘に参加し始めたと思ったら魔法を使い、それだけに留まらず、並外れた身体能力を駆使してくる。
 侍女に扮していたシーマの正体は、宮廷に出仕するのを主としない、グランヴェール王国に所属する戦闘用の女魔術師だった。
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