新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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「よし。賊は片付いたようだから我々も、馬車の方に戻ってレティシア嬢をお連れしよう」

 アレクセルが指示を出すと、近衛騎士達は揃って返事をした。
 捕らえられ、毒矢で顔色を悪くした黒髪の騎士を二人の騎士が抱えると、全員で馬車が停められている場所へと歩き出す。

 先頭をアルベルトとクリスティーナが歩き、最後尾にシルヴィアが皆の後を追うように着いて行く。そしてアレクセルは護衛として、シルヴィアの隣を歩いた。


「そこは、木の根がでっぱっているので、気を付けて下さいね」
「ありがとうございます」

 シルヴィアが転ばないように、片手を軽く持ち上げるアレクセルは、まさに物語に出てくる、姫を守る乙女が憧れる騎士そのものだった。

(今の私は、森に慣れていないレティシア様だけど、旦那様はレティシア様にもこのようにエスコートされるのですね)

 主人の婚約者というのを抜きにすると、互いに王族の血が流れる公爵家という家柄の出身で、身分も釣り合う。そのような事を考えながら、繋がれたままの手に温もりを感じながら、アレクセルの端正な横顔を見上げた。

「ああ、それと」
「何でしょうか?」
「国境を跨いですぐの、グランヴェールの城塞都市の屋台は、ラム肉の串焼きが名物なようですよ」

 思いがけずアレクセルからもたらされた情報に、シルヴィアの頭の中は、ラム肉の串焼きが支配していた。神妙な面持ちとなったシルヴィアは、口元だけは緩み、涎が溢れそうだった。

「シルヴィアも食べてみてはいかがですか?」
「食べたいです!!」

 元気にシルヴィアが即答すると、時が止まった。ような錯覚をした。

 固まったシルヴィアに、優しく微笑むアレクセル。今夫は何を思っているのか、シルヴィアは知るのが逆に怖かった。

「あ……」

 遅れて見る見る顔が青褪めていき、停止した頭がようやく回り始める。そして、アレクセルに正体がバレている現実を、理解した。

「あーー!!」

 シルヴィアの叫びが静謐な森に響き渡った。
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