画面越しに見ていたアイドルの勇人くんが、私の隣の席に!?
暑いけど、涼しいこの時間。
○1年3組の教室

 1日空けて登校した今日も相変わらず、勇人くんの人気は変わらないようだ。むしろ、彼がこの学校に来た初日よりもファンが明らかに増えている気がする。
 校内の掲示板には、『花見勇人ファンクラブ募集』の紙が貼り付けられていた。

美玖「・・・・・」

 教室に入って早々、カースト上位の葉隠美玖に見つめられたが、少し普段と様子がおかしい。

沙羅(とうとう私のことを空気扱いし始めたのか・・・)

 少しショックを受けながら、彼女に返事することなく会釈だけして隣を通り過ぎる。

春香「おっはよ〜、美玖! どうしたの?」
美玖「うちのクラスにさ、あんな可愛い子いたっけ?」
春香「え、何あの子。芸能人ばりの可愛さじゃん。他のクラスの子じゃないの?」
美玖「いや、ないない。同学年ならうち顔把握してるもん」
春香「じゃあ、先輩とか?」

 2人の会話が私の耳にも嫌でも入ってくる。

沙羅(誰のことを言ってるのだろう。うちのクラスに2人以上に可愛い人なんていないのに)

 徐々にクラスメイトたちが登校し始め、あっという間に空いている席が埋まっていく。
 まだ私は席には辿り着けていない。なぜなら、私の周りを取り囲むように男子が集まってきていて身動きが取れないから。

沙羅(な、なんで。も、もしかしてこれからいじめられるのかな)

 不安を胸に抱えたまま、周りの男子たちから飛んでくる雑音を無視しつつ、ただ時間が過ぎていくのを懸命に堪える。
 無視したいわけではないが、怖くて言葉が出てこない。

勇人「おはよう・・・どうしたんだ。みんな集まって」

沙羅(あ、勇人くん・・・今日もオーラが違いすぎるな〜)

美玖「あ、勇人くんおはよう!」
春香「おはよう!」

 この前のことがあったにもかかわらず、めげずに話しかける2人。そんな2人を無視しながら、こちらへと歩み寄ってくる彼。
 今日も顔が真っ赤になっている2人など、眼中にないように放っておきながら。
 私を取り囲む集団から私の腕を掴み、引き摺り出してくれる。

勇人「おはよう、沙羅。あ、髪切ったし、眼鏡も外してきたんだね。やっぱり似合ってるよ」
沙羅「あ、勇人くんに眼鏡ない方がいいって言われたから、思い切って髪も切ってみた」

 目を隠すために伸ばしていた前髪も自分でバッサリと切り揃え、眼鏡も今日は家に置いてきた。
 素顔を晒すのは、小学生ぶりで恥ずかしいし怖いけれど、一歩踏み出そうと思えたのは間違いなく彼のおかげ。

勇人「いいじゃん、その方が可愛いよ」
沙羅「あ、ありがとう」

 私の目を一点に見つめてくるあまり、照れで思わず目を逸らしてしまう私。
 誰だって、イケメンに...アイドルに見つめられたら照れてしまうだろう。

美玖「はぁ〜? え、私の聞き間違い? あんたもしかして、如月さんなの〜?」
 
 一瞬にして静まり返る彼女の一声。それほど、彼女のクラスでの発言権は大きいのだ。

沙羅「そ、そうですけど・・・」
美玖「ちょっと可愛くなって、みんなからチヤホヤされてるからって調子乗んないでよ?」
春香「顔が可愛くたって、中身がね〜? そんな根暗じゃ誰も彼女にしたい人なんていないよ〜」

 沙羅(悔しい・・・何も言い返せない。やっぱり私浮かれてたんだ)

 彼女たちの発言で私を取り囲んでいた男子たちが、一歩ずつ後ろに引いていく。
 ただ1人の男子を除いて。

美玖「性格がそんなんじゃ・・・」
勇人「うるせーな! お前らの方がよっぽど中身も性格もブサイクじゃねーのかよ! 人のことを言う前に自分と向き合ってみたらどうなの?」
沙羅「は、勇人くん。いいよ、私のことは・・・」
勇人「ごめんな、沙羅。でも、これだけは我慢できないよ。俺の大事な人を貶されて黙ってられるほど、俺はまだ大人じゃないからさ」
春香「は、勇人くん。そ、そんな女の何がいいの?確かに顔は可愛くなったけど、暗いし、何考えてるかわからないじゃない」
勇人「お前らなんかに、沙羅の良さが分かってたまるかよ。沙羅の良さは俺だけが知ってればいいから。ずっとそうやって人のこと見下してろよ。お前らの周りから人がいなくなるのも時間の問題だな」

 まっぶしい太陽のような笑顔を私に向けてくる彼。影に飲み込まれていた私を救い出してくれる希望の光。
 私には眩し過ぎて直視するのもままならない。
 私の頭には、温もりのある優しさが詰まった大きな手が感じられた。

○お昼休み(中庭)

沙羅(今日はどこでお弁当食べようかな〜)

 クラスに居場所がない私は常々、1人でお昼ご飯を食べられる場所を探している。
 まぁ、そんな簡単に1人になれる場所は存在しないのだが。

勇人「なぁ、沙羅。お昼俺と一緒に食べない?沙羅の弁当見たら、美味しそうだなって思ってさ」
沙羅「う、うん。いいよ」

 私はまだ弁当の蓋を開けてはいない。今は、勇人くんの優しさに感謝しかない。

沙羅(私が1人だったから、誘ってくれたんだよね。ありがとう・・・そんな君が私は好き)

 打ち明けられない乙女の秘めた想い。日に日に増していくが、私はこの想いを打ち明ける日は来ないだろう。
 
勇人「それじゃ、いくぞ!」
沙羅「え、どこに・・・」
勇人「いいから俺についておいでよ。てか、無理やりにでも連れてくから」
沙羅「・・・はい」

沙羅(どうか私の顔が赤くなっていることに気づかれませんように!)

 半開きの窓から教室内に流れ込んでくる風が、私の熱った頬を少しだけ冷ましてくれた。

沙羅「は、勇人くん。どこまでいくの!」
勇人「着いた!」
沙羅「え、ここって・・・」
勇人「中庭ってところだったはず」

 白い外壁に囲まれた中に存在する、自然を最も学校の中で感じられる場所。
 校舎に囲まれているのに、この場所だけは太陽の光が満遍なく当たっている。
 中庭に生えている木々たちも光合成ができて喜んでいるかのよう。

沙羅「え、ここで食べるの?」
勇人「そうだけど、嫌だったりする?」

 季節的な問題もあって、ここで昼食をとる人の姿は私たち以外はいない。
 もう少し涼しい季節になれば、ここで朝食を取る人は増えるとは思うが。
 ただ、この場所は校舎に囲まれているため、各学年の教室から見えてしまうのだ。それが唯一の問題点。

沙羅「ちょっと、恥ずかしいよ」
勇人「大丈夫だって。誰も見てないから」

沙羅(それが見てるんだよぉぉぉ!主に君目当ての人ばかりだけどね)

 教室の窓から覗く人影がちらつく。はっきりと顔は見えないが、各階の教室に所々影が見える。
 そんなことなんてお構いなしに、朝コンビニで買ってきたのだろうか。惣菜パンを袋から取り出して、豪快にかぶりつく彼。
 アイドルらしからぬ食べ方。むしろ、これが本当の彼の姿なのかもしれない。

沙羅「いただきます」
勇人「あ〜!いただきます言うの忘れた。いただきます!」

 食べ始めた後に言う彼に、思わず声を出して笑ってしまう。彼といると、私は自然に笑えることが増えた気がする。
 お母さんが朝早く作ってくれたお弁当を食べ始める。
 毎日飽きることがないように、様々なバリエーションがあるのは本当にすごいなと尊敬してしまう。

沙羅「勇人くん、それだけでお昼足りるの?」
勇人「んー、全然足りない」
沙羅「少しあげようか?」
勇人「いいの!?」

 子犬のように喜んでいる彼が可愛く見える。幻覚なのか尻尾が見えてしまう。

沙羅「いいよ、何がいい?」
勇人「卵焼き!」
沙羅「取って食べていいよ」
勇人「・・・・・」
沙羅「どうしたの?」
勇人「・・・あのさ、その、食べさせてほしい!沙羅に」
沙羅「え!? そ、それって、あ、アーンってこと?」
勇人「う、うん」

 照れ臭そうに口を開けて待つ彼。自分から言い出したのに、 私と同じくらい緊張しているのがなんだか笑えてくる。
 私が使っている箸で卵焼きを1つ取り、彼の口へ投げ入れる。
 綺麗に並べられた白い歯にうっとり見惚れてしまいそうになってしまう。

沙羅「・・・どう?」
勇人「めっっっちゃうまい!!! ありがとな!」

 風のように私の隣から去っていってしまう彼。どうやら、パンを食べ終えたので教室にいる男子のところにでも向かったのだろう。
 "もう少し隣にいてほしい"という気持ちを胸に抱えながら、1人弁当を摘む。
 風が吹くたびに頭上の木々が揺れ、夏の匂いを孕んだ空気が私の周りを包み始める。
 
沙羅「ひゃ! 冷たい!」

 私の頬に当てられた水滴を纏った、キンキンに冷やされたお茶の缶。
 冷たいけれど、この時期にはひんやりしていて気持ちがいい。

勇人「卵焼きをくれたお返し。気持ちいいだろ!」
沙羅「うん、気持ちいい。ありがと」

 ずっとこの時間が続いてほしいと願わずにはいられなかった。暑いけれど、ひんやりとした爽やかなこの時間を。



 



 



 
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