甘い香りが繋ぐ想い
ある日、薪割りを終え、近くにあった岩に腰を下ろすと、小枝が目に入った。そして、自分の名前を刻み込むように、枝を使い地面に名を書いた。

『親兵衛』

そう、信忠は今、親兵衛として生きている。意図せず入れ替わった体だが、本物の親兵衛に顔向けできないような生き方はしたくない。

そんなことを考えていると、背後に気配を感じた。慌てて書いた名を消す。
親兵衛はきっと読み書きができないはずだ。

「親兵衛」

振り返ると信松尼が笑顔を向けている。

「はっ!」

跪き頭を下げる。

「薪割りは終わりそうか?」

「はい、今終わりました」

「ならば、子どもたちの相撲の相手をしてやってはもらえぬか?」

「承知いたしました」

信松尼は、ふわりと優しい香りを残し、寺の本堂へと戻っていった。

散らばった物を片づけ、子どもたちと相撲を取る。
その様子を優しい眼差しで見守る信松尼。

"松姫を見守りながら生きていきたい"
信忠の望んだ穏やかな日常がここにある。
毎日が尊い。

しかし、そんな穏やかで尊い日常も、終わりは訪れる。
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