甘い香りが繋ぐ想い
瑠璃から真夢の話を聞いて2年半が経ったが、真夢は遼河のもとに来ることはなかった。
そして、今日は卒業式だ。
遼河は研究室の窓から下を見下ろした。
大学構内は、スーツや袴に身を包んだ学生たちで賑わっている。

この中に真夢もいるのだろうな。ちゃんと袴は準備できただろうか。もしかしたらスーツ姿かもしれない。どちらにしろ、美人な彼女は似合っているだろう。

ようやくあの家族からも解放されるのだな。これからは自分の人生を謳歌してもらいたいものだ。

そう願う一方、寂寞感が遼河の心にじわりと広がっていく。

こんな気持ちは初めてだな。  

遼河が自嘲していると、ドアをノックする音が研究室に響いた。

「どうぞ」

開かれたドアから現れた姿に、遼河は息を呑んだ。

袴に身を包んだ真夢が、微笑みをこちらに向けている。

「どうして……」

「西門先生、入ってもよろしいですか?」

「あぁ」

目の前の真夢は、眩しいくらいに輝いている。

「先生、私、今日卒業です」

「そうだな、卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

真夢が一歩近づく。

「先生、お仕事何時に終わりますか?」

「16時には終わる」

「じゃあ、ここに来てもらえませんか?」

真夢は小さなメモ紙を遼河に差し出した。

差し出された手は、透き通るような肌をしており、指も長い。その綺麗な手から紙を受け取った。紙には【ベリーハウス 201】そして住所が記されている。とても美しい字だ。

「ここは?」

「私の新居です。必ず来てくださいね」

返事も聞かないまま、真夢は笑顔を向け、研究室を後にした。

遼河(信忠)は、浮き立つ気持ちを抑えるように、大きく息を吸い吐き出した。
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