ヒーローは間違えない〜誰がために鐘は鳴るのか〜
「社長、お加減はいかがですか?」

ヒカルは商談を一つ終えてから、前社長の入院する某私立病院の特別室を訪れていた。

「僕はもう社長じゃないよ。専務と···田島くんはちゃんと仕事してるかな?」

してねえよ!···とは、この痩せ細った病人の前では、言いたくても言えない。

見るたびに痩せ細っていく前社長、牛島新之助は気付いたときには末期がんだった。

彼は仕事人間。ギリギリまで激務をこなしていたが、痛みに耐えきれなくなり、先月、緩和ケアを選んで入院した。

奥様は既に他界しており、実子はいない。

現在は、新之助の弟である専務が社長代行をしており、事実上の社長の座は空席となっていた。

「君には苦労をかけるね」

「···」

全くだ。とも言えず、ヒカルは弱々しく微笑むしかできない。

「少し見ない間に痩せてしまったんではないかな?大丈夫かい?」

大病を患っている人の前で涙は見せられない。

だが、ヒカルはジワジワと視界が歪んでいくのをこらえることはできなかった。

「ああ、僕は人生の最後になんて大罪を犯してしまったんだろうね。泣かないで、なんて僕が言えた義理ではないのに」

ポロポロと流れる涙は止まるどころか、次々に溢れてくる。

モラハラの怖いところは、本人に自覚がないところにもある。

田島はうまくやっているつもりなのだ。

機嫌の良いときはお菓子を差し入れしたり、怒鳴っていい認定した相手にも労いの声をかけたりするのだ。

もちろん、相手を見て態度を変えるため、一部のお偉いさんにはすこぶる評判がよい。

だから、お咎めがないのか?

だからって罪のないスタッフが心を病んでも良いというのか?

心を病むのは、社会的な財産を失うのと同義だ。

グルグルと頭の中を同じ言葉がループするが、実際には言葉にならない。

この優しくて愚かな人が、最後に傷つかなくてもいいように···。

「おや、いたいけな女性を泣かせるとは、叔父上とはいえど看過できないな」

何も言えずに、新之助に差し出されたティッシュで鼻水と涙を拭っていると、入口の方から低音のイケボが耳を掠めた。

ゆっくりと顔を上げると、モデルのようなイケメンが品のいいスーツを着て立っていた。

病室の白壁が似合う、メディカルドラマのお医者さん役で主役をこなしそうな、それはそれはどえらいイケメンだわ、と言っておこう。


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