ヒーローは間違えない〜誰がために鐘は鳴るのか〜
どんなに専務に真剣に訴えても、今日も、過去の4回の辞表提出の場面とさして変わりはなかった。

辞表も結局受け取ってもらえなかったし。

とぼとぼとフロアに戻っても、田島の姿はなかった。

まだ就業時間中だけど、きっと奴はタイムカードも押さずに帰ったのだろう。

そして明日も何食わぬ顔をして出社し、ターゲットを決めては攻撃し、若くて可愛い子には媚びを売る。

何をしても、何も変わらない現実に、ヒカルはため息をついた。

「ヒカル」

「主任···」

黙って席に戻ってきたヒカルに、和人や美奈が恐る恐る声をかけてくる。

和人や前からいるスタッフは、田島課長の実態を知っているが、美奈を始めとした新卒者は、当人がまだ実害を被っていないため、今日の田島のキレ具合には驚いたに違いない。

「美奈ちゃん、ごめんね。驚いたでしょう?さっきは大声だしてごめんね。仕事に戻るから」

あんな奴と同じように大声を出してしまった自分に自責の念が広がる。

「主任、辞めませんよね?」

「ふふ」

辞めないと言えない程度には、ヒカルは病んでいた。

沈黙がフロアに広がる。

こんな雰囲気が広がって良いはずはない。

しかし、どうにもできないほどに、ドス黒い悪意がこの職場を蝕んでいる事実は隠せない。

「商談に行ってくる」

なんともいえない雰囲気を壊せぬまま、ヒカルはバッグを肩にかけると、『外出→退社』の札をかけてフロアをあとにした。

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