「好き」と言わない選択肢
 声の主へと顔を向けた。

「あっ。主任……」

 どうして、彼が居るのだろうか?

「もんたに行ったら、ここだって言うからさ」

「いらっしゃいませ」

 拓真兄が、おしぼりを置いた。

「あっ。これ」

 主任は、お祝い用の鉢植えを差し出した。

「ああ。ありがとうございます。もらっていいのかよく分からないですけど……」

「手ぶらじゃ来られないよ」

「気を使わなくてよかったのに。ゆっくりしていって下さい」

 と言っているけど、何故だか拓真兄は無表情だった。忙しいんだろな。


「何飲もうかな? それは?」

 彼が、私のグラスに目を向ける。

「さあ?」

「分からなくて飲んでいるのか? 俺もそれにしようかな?」

「これ、ノンアルですよ」

「えっ? 今日は、飲まないのか?」

「私、アルコール飲めないので、いつもノンアルですよ」

「そうなのか、てっきりいつも飲んでいるのかと……」

 彼は少し驚いているようだった。


「どうぞ」

 彼の前にシンプルだがおしゃれにデザインされたメニューを置いた。


「咲音、お前の作ったジュースも、そろそろ発売するんだろ?」

 拓真兄がカウンターから声をかけてきた。

「うん。来月末の予定。売れるといいんだけど……」 

「心配するな、俺が買ってやるよ」

「気持ちは有難いけど、拓真兄が一本買ってくれてもね……」

「バカ。あれを見ろ」

 拓真兄が指さす方を見ると、店の棚の一番目につく場所がガラリと空いている。

「あそこに全部置いてやるよ」

「本当に? やったー。ありがとう!」

 思わず、とびっきりの笑顔を向けてしまった。
 拓真兄が、どんな思いでこの店を作ったのか?この時は、まだ、気付く事が出来なかった。……

 拓真兄は、また、忙しそうにフロワーに戻って行った。
 やばい、油断した。慌てて、表情を戻した。

「そんなに笑った顔見せたくないの? 俺、前に何度も見ているんだけどね」

「何の事ですか?」

「俺、もんたの常連とまでは言えないけど、大学の時から何度も行った事がある。多分、高校生くらいだったと思うけど、手伝いしながらお客さんとよく笑っているのを見たよ」

「えっ?」

 どういう事なんだろう? あの頃の自分を知っている人が会社にいるなんて思ってなかった。心臓が異様な音を立て始めた。
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