ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
 叩かれたのは一度や二度の話ではないけれど、これ以上黙って叩かれ続ける意味はないわ。私は当然のように迫りくる手首を掴んで捻り上げると、ダンスを踊るように軽やかな動作で、ステップを踏みながら耳元で囁く。

「私に謝罪をしておけば、廃太子になどならずとも、この場は収まりましたのに」
「な……っ!?」
「判断を誤った貴方に、王族を名乗る権利はございません。ごきげんよう。どうかお元気で。離島で静かな余生をお過ごしくださいませ」
「貴様……!」

 私の役目は、終わったわ。

 これ以上この男と婚約者ごっこなど続けていたら、身も心も穢れてしまいそう。
 襲い掛かってきた皇太子を勢いよく突き飛ばし、無様に尻もちをついたのを確認した私は、颯爽とハイヒールの音を響かせて夜会を後にした。

「ミスティナ……!」

 夜会が開催されている会場へ出入りする扉を、物陰からじっと見つめていた少女が私の名前を呼んだ。彼女は目深に被って顔を覆い隠していたケープに備え付けられたフードを勢いよく取ると、私と瓜二つの顔を晒した。

「大丈夫だった!?」
「ええ。あなたの姿で、すべてを終わらせて来たわよ」

 私と彼女が瓜二つの容姿をしている姿を誰かに見られたら、大騒ぎになってしまう。私は手早く変身魔法を解除すると、元の姿に戻った。

 私の名前はミスティナ・カフシー。夜空のような藍色の髪と、星のように輝く金色の瞳を持って生まれた。16歳の女の子。

 人間としてこの世に生を受けた瞬間に、わが国では魔法を使役できるようになる。
 私が使役する魔法は、24時間継続可能な変身魔法。対象者の姿形、性格、容姿すらもコピーして、対象者になりきる魔法を使えるのよ。
 私はこの魔法を使って、親友の代わりに婚約破棄を宣言してあげたの。

「本当にありがとう……!」

 私に気の毒になるほどお礼を言いながら涙を流して抱きつくのは、ロスメル・アルフォンス公爵令嬢。私の親友で、つい先程まで皇太子の婚約者だった。12年もの間都合のいい玩具扱いされて、苦しんでいたのよね。

『もう、耐えられない……っ。助けて、ミスティナ……!』

 誰にも相談できず皇太子に怯えていたロスメルは、私のある噂を聞きつけ、ついに助けを求めた。
 私は二つ返事で了承し、変身魔法を使ってロスメルに成り代わり、婚約破棄をしたのが事の顛末だ。

< 2 / 118 >

この作品をシェア

pagetop