ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
 王位争いで、国が揺らぐことなどないように。
 彼は沈黙の皇子と呼ばれるほどに、息を殺して生きてきた。
 自分こそが次期国王だとふんぞり返り、評判があまりよくない皇太子が消えた今、自己主張をしてこなかった今までのような生活が許される訳がないのよね。

 皇太子は傲慢でわがまま。
 性格は最悪で暴力的とくれば、国が傾く要因にもなりかねないわ。
 対する第二皇子は、沈黙の皇子と呼ばれるほどに物静かで自己主張をしない。
 政治にもノータッチで、彼の姿を目にしたことがある人達には、生きる屍のようだと言うのがもっぱらの噂ね。
 彼は皇太子に目を付けられぬよう、婚約者すらもあてがわれることなく、ずっと孤独に生き続けてきた。

「おれがどうでもいい存在だから、星空の女神に会えた……」

 彼が夜会の会場から姿を消し、騒ぎになって臣下が探しに来る程の人望があれば。私と彼は顔を合わせることなどなかったでしょうね。

 彼は星のようにキラキラと輝く瞳を私に向け、熱っぽい視線で私を貫く。

「君に出会えたことは、運命だと思ってる」
「そうですか」
「うん。おれと、婚姻を前提に交際して欲しい」

 出会いからプロポーズまでが早すぎると思わない?

 私に婚約者がいたら、どうするつもりなのかしら。
 ロスメルの姿ではなく、ミスティナ・カフシーの姿で彼と出会ったことを、これほど後悔することになるなど思いもしなかったわ。
 ロスメルの姿であれば、皇太子の後ろ盾を失くした彼女が、同待遇で幸せを得るための第一歩を、応援できたのに……。
 第二皇子はまともな教育など受けてはいないけれど、これから王としてのイロハを叩き込まれる立場よ。
 妃教育を受けているロスメル程、もってこいの相手はいないわ。

「……殿下には、ロスメル・アルフォンス公爵令嬢が相応しいかと存じます」
「アルフォンス公爵令嬢って、兄貴の婚約者でしょ。おさがりになんて興味ないけど」

 お下がりって。もっと他に言うべきことがあるでしょう。
 社交界に舞い降りた妖精と名高き可憐なロスメルに興味がないと言われるのは、私を否定されたみたいで腹が立つ。
 ロスメルに成り代わっていた時間が長いから……。自分のことみたいにムカつくのよね。
 私がロスメル・アルフォンスではなく、ミスティナ・カフシーであると自覚するには、もう少しだけ時間が掛かりそうだわ。

「名前を教えて。星空の女神。おれは君を愛している」
「私は陛下と、添い遂げられるような身分ではございませんわ」
「身分差は気にしなくていいよ。お飾り皇子がどんな女を連れてきたって、どうでもいいはずだ。文句なんて、言わせないけど」

 私の腰をしっかりと抱き上げている彼は、私が名前を打ち明けずともこのまま何処かへ連れ去ってしまいそうな危うさがある。
 勘弁して欲しいわ。国王の妻だなんて。冗談じゃない。

 私は生涯、悪人の断罪を生業に生きて行くのよ。それがカフシー家に生まれた、私の使命ですもの。皇后なんて、なるもんですか。

「陛下」

 私は彼に呼びかけると、パチンと指を弾く。夜空を連想させる紺色の髪は星のように輝く金色へ。瞳は太陽のようなオレンジに変化し、私の姿は男性へと変貌する。

「……っ!?」

 愛しき星空の女神が、私が指を弾いた瞬間、突然皇太子に変化したんですもの。当然驚いて、手を離すわよね。

 私の変身魔法は思い描いた人物のすべてをトレースする。
 私が思い描いた皇太子は健康体。体重だって、ミスティナ・カフシーの3倍くらいはあるはずよ。
 軽々私の腰を持ち上げていた彼があまりの重さと驚きで手を離したのをいいことに、私は彼と距離を取る。
 今がチャンスだわ!

「待って!」

 私が変身魔法に長けた人物であると、自ら露呈させるのは悪手でしかないけれど。こうでもしなければ、ミスティナ・カフシーであることがバレて、無理矢理婚姻を迫られてしまうわ。
 変身魔法に長けていることをバラしてでも、優先するべきは私の安全よね。
 そう考えた私は脱兎の如く走り去りながら、パチンと指を弾いてミスティナ・カフシーの姿に戻った。

「星空の女神!おれは必ず、君を娶る!」

 私の背中に大声で語りかけた彼の言葉など、真に受けてられないわ。
 私は裏門に待機していた迎えの馬車に乗り込むと、早く馬車を出すように告げた。
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