愛しのあの方と死に別れて千年<1>

3.悪夢


 気が付けば、辺りはただ暗闇に包まれていた。黒よりももっと暗い――それは無限に広がる漆黒の闇。
 服の隙間から入り込んでくる冷たい空気が、じわじわと背中に這い上がってくる。

 ――これは、夢なのか……?

 俺は目を凝らすが、いつまで経ってもその闇に目が慣れることはない。

「……どこだ、ここは」

 一筋の光さえ差し込まない、まるで長い長いトンネルの中のような……。

「おい! ヴァイオレット!」

 俺は叫ぶ。だがその声は闇にのみ込まれ、わずかな残響すらも残さなかった。

 ――おかしい、さっきまで俺はヴァイオレットといたはずだ。それがいつの間にこんなところに……。

「――チッ」

 ひたすらに広がる漆黒の闇。けれど、このままここに突っ立っているわけにもいかない。

 結局俺は、右も左もわからないままに歩き出した。自分の足音すら聞こえない、闇の中を。
 けれどどういうわけか。不思議と恐怖は感じない。――なぜだ?
 俺は足を動かし続けながら、その理由を考える。

 そして思い出した。そうだ……俺は何度もここに来ているではないか。

 それに気付いた途端、全てを覆い尽くしていた闇が、波が引くように一気に薄くなっていく。そうしてようやく開けた視界――そこは、陰鬱とした空気の漂う長い長い回廊だった。

「もう二度と……ここに来ることはないと思っていたが……」

 今にも崩れ落ちそうなくすんだ鼠色の天井に、ひび割れて直ぐにでも折れてしまいそうな何十本もの太い柱――窓の向こうには何十年も人の手が入っていないであろう荒れ果てた庭が広がり、空は今にも泣き出しそうな色をしている。

「…………」

 ――ああ、ここはあの頃と何も変わっていない。何一つ変わっていない。

 回廊に沿ってずっと先まで延びる冷たい壁も――そこに隙間なく飾られた、何十枚――いや、何百枚もの絵画も。その全てに描かれた、俺自身の姿も。

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