愛しのあの方と死に別れて千年<1>

 ウィリアム・セシルという男は、今まで他人に悪意を向けられたことがただ一度としてなかった。
 それは家柄のおかげでもあり、彼自身の人柄の良さゆえでもあった。人から(うやま)われ、賞賛され、感謝され、羨望(せんぼう)の眼差しで見られることはあっても、嫌悪されたことはなかった。
 しかしさればこそ、彼には人から嫌われることへの耐性が全くと言っていいほどない。

 彼の中にあるのは、今まで生きてきた環境と、彼自身の努力と経験が作り出してきた絶対的な自尊心。
 であるから、彼は今まで自分が他人からどう見られようが気にしてこなかった。自分が他人に嫌悪される可能性など、露ほどもあり得ないと信じ切っていたのだから。

 それがまさか、一度として言葉を交わしたことがなかった相手に嫌われているとは誰が想像できるだろう。今まで女性に対してはいつだって紳士的に接してきたつもりだった。恋人を作ったこともなく、誰かに恨まれるようなことをした覚えもない。それなのに――。

 ついには黙り込んでしまった主人に、ルイスは付き人らしからぬ薄笑いを浮かべる。

「して、いかがなさいますか?」
「……いかが、とは?」
「お忘れですか? アメリア嬢はウィリアム様から縁談を取り下げてもらいたいと思っておられるのですよ。それをどうするのか、と申し上げているのです」
「それは……」

 ウィリアムは思案する。
 八歳で全てを完璧にこなしてみせたという伯爵家の令嬢。世間からの酷い評判、それと相反(あいはん)する使用人からの声。この俺を嫌い、嫌われようと努める特異な行動。
 果たして彼女の真の姿はどのようなものなのか、どんな秘密を隠しているのか……。

「縁談は取り下げない。このまま進めよう。それに、お前はそれを望むのだろう?」
「ええ……、ウィリアム様」

 二人の視線が絡まる。

 それは確かに一つの意志となって、二人の腹の底にストンと落ち着いた。
 アメリアの正体に興味を引かれるウィリアムと、アメリアを次期侯爵家夫人にと考えるルイス――二人の思惑(おもわく)は確かに一致したのだ。

「時間はたっぷりあるさ」

 ウィリアムは窓から外の景色を眺める。――自邸は近い。

 彼は先ほどまでアメリアに感じていた嫌悪感をすっかり忘れ去り、好奇心に満ち溢れた瞳で、まだ日の高い空を見上げるのだった。
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