愛しのあの方と死に別れて千年<1>

5.澄んだ月の夜に


 (ほの)かに揺れる光の眩しさにゆっくりと目を開ければ、そこにあるのは見慣れたベッドの天蓋であった。薄暗い部屋の中で揺れ動くオイルランプの橙色の光が、天井に薄い影を落としている。

 そこは見慣れた自室だった。殺風景な――私の部屋。

 私はぼんやりとしたままベッドから身体を起こす。そして思い出そうとした。
 いつの間に屋敷に帰ってきたのだろうか、と。

 そう……だって私はつい先ほどまで、ウィリアムと馬車に乗っていたはずなのだ。彼に膝枕をしてもらい……とても幸せな気分で満たされていた。それなのに……。

 もしやあれは全部夢だったのだろうか。川に落ちたのも、ルイスとのやり取りも、ウィリアムに抱きしめられたのも……私の妄想が見せた夢……?

 いや、そんなはずはない。だって私の右手には、白い包帯が確かに巻かれているのだから。
――ということは、つまり……。

 私はベッドから降り、裸足のままカーテンを開けた。

 外はすっかり暗くなっている。闇夜が街を包み込み、夜空には白い月だけがたたずんでいた。

 ――彼は……帰ったのね。

 そう、ウィリアムは帰ってしまったのだろう。眠った私を起こすことなく、帰ってしまった。それはきっと彼の優しさだったのだろうが、少し寂しい気もしてしまう。

 私は窓の外の真っ暗闇を見つめ、小さく息を吐く。――と、そのときだった。

 ドアノブの回る音がして扉が開く。同時に、「お嬢様?」と私を呼ぶ、聞き慣れた声がした。

 ――ああ、ハンナ……!

 振り向けば、そこにあるのは二日ぶりに会うハンナの姿。
< 181 / 195 >

この作品をシェア

pagetop