愛しのあの方と死に別れて千年<1>

 私はそんな両親の態度に気付かないふりをして、ドレスの裾を左右に揺らしてみせた。

「お母様、このドレス少し派手じゃないかしら。あまり目立ちすぎるのも良くないわよね。こんなことならウィリアム様の好みをもっとよく聞いておけばよかった」
「……アメリア、あなた熱でもあるんじゃない?」

 母は私の豹変っぷりに声を震わせる。
 だがそれも無理からぬこと。だって朝食のときはいつもどおり愛想の一つもない娘だったのだから。

 それに私は今、ウィリアムのことをあえてファーストネームで呼んだのだ。親しい間柄でなければ、ファルマス伯爵――と敬称で呼ばねばならないことを知りながら。

「ハンナに説得されたの。私、この前のお茶会でウィリアム様に失礼なことをしてしまって。それでもあの方は許してくださって……。そしたらハンナが、そんなに素晴らしい方は他にいないって。そう言われて、本当にそうかもしれないって。……だから、私――」

 私は一呼吸おいて、二人の顔を見据える。

「今夜ウィリアム様にお会いしたら、お伝えしようと思うの。縁談のお話、お受けしますって。……いい、かしら?」

 もちろんこれは嘘である。本当はウィリアムに会ったら縁談の話を取り下げてほしいとお願いするつもりだ。何せ格下のこちらからは断れないのだから。

 だがそんな私の考えなど知る由もない二人は、再び顔を見合わせる。――願ったり叶ったりだ、と。

「いいだろう。今夜はウィンチェスター侯もお見えになる。そこで直接、縁談の申し出を拝受(はいじゅ)する(むね)をお伝えすればいい。――マリアンヌ、お前もそのつもりでいるように」
「え、ええ……あなた」

 父の瞳がぎらりと光る。
 私はその奥に宿る野心を確かに感じ取り、無邪気に微笑んでみせた。
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