愛しのあの方と死に別れて千年<1>

 そう言いかけて、ウィリアムは喉元まで出かかった言葉をのみ込んだ。

 アメリアが笑っていたのだ。それは作り笑いではない、屈託(くったく)のない笑顔。淑女(しゅくじょ)として育てられた貴族の令嬢には決してあり得ない、遠慮のない笑い方。
 少なくともウィリアムにはそう思えた。

「ふふふっ。わかっているわ。あなたって本当にわかりやすい」
「そんな風に言われたのは初めてだ」
「それはそうでしょうね。侯爵の息子にそんなことを言える人間なんてなかなかいないわよ」

 アメリアは自嘲気味に肩をすくめる。

「わたしからもいいかしら?」
「何だ?」
「ルイスとは、どういう人間なの?」
「ルイス……?」
「こちらもルイスのことを調べさせてもらったのよ。けれど何もわからなかったわ。ルイスは本当に、信頼に価《あたい》する人間なの?」

 アメリアの鋭い眼光に、ウィリアムは誤魔化しがきかないことを悟る。

「情報がないのは当然だ。ルイスという名は実名ではない。私が七つのときに彼を拾い、そのときに名付けたものだから」
「実名ではないですって? なら、彼の本当の名前は?」
「……それは、私も知らないんだ」
「…………」
「それと、彼が信頼に値するかという問いについてだが……これでは答えにならないかもしれないが、私はルイスを心から信用しているよ」

 ウィリアムは、アメリアがこの答えに満足するはずがないと承知していた。
 だがアメリアはそれ以上何も言わない。おそらく、尋ねても無駄だと考えたのだろう。

「――そう。ならいいわ。ではそろそろ戻りましょうか。わたしは今までの自分の悪行を払拭(ふっしょく)しなければならないし。ウィリアム、あなたにも協力してもらうわよ」

 アメリアはウィリアムの腕に自分の腕を絡ませ、にこりと微笑む。

 ウィリアムはそんなアメリアの変わり身の早さに感心しながら――今までのどこか退屈だった日々が終わりを迎える予感に――己の感情が高ぶるのを、確かに感じていた。
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