愛しのあの方と死に別れて千年<1>

 ウィリアムは無邪気に続ける。

「彼女は過去に愛した男がいるようだが、その男は死んでしまったそうだ。その男を忘れられないがために悪女を演じていたらしい。――が、自分を愛さない相手となら結婚してもいいと言ったよ。つまり、こちらとしても願ったり叶ったりな相手だったというわけだ」
「…………」
「それに……彼女のダンスは素晴らしかった。ルイス、いい女性を見つけてくれたな」
「…………」
「おい、さっきからどうして黙っている? 何か言ったらどうだ」

 ――ルイスの長い沈黙。それは普段のルイスから考えると不自然極まりない。
 いったい何を考えているのか――ウィリアムはそう思ったが、ルイスの考えなどわかるはずもなく。

 ウィリアムは仕方なく、浴室へ向かうためにルイスの目の前を横切った。――するとそのタイミングで、ようやくルイスが反応を示す。

「お待ちを。まだ二つ質問が残っております」
「お前な……」

 言葉こそ丁寧であるがまるで横柄なルイスの態度に、ウィリアムは内心呆れかえる。――が、答えなければ顔も洗わせてもらえないと理解した彼は、仕方なく足を止めた。

「あとの質問ならわかっている。彼女の非凡な才能の理由と、俺の妻としてどのような働きをしてみせるのか、だろう?」

 ウィリアムは続ける。

「彼女の才能の理由はまだ不明だ。そもそも俺たちはまだ知り合ったばかりだからな。そういう込み入った話をする仲じゃない。――が、これだけは約束してくれたよ。俺が誓いを破らない限り、彼女はその才を使って完璧な次期侯爵夫人を演じてみせる、と」
「誓いを破らない限り……」

 ルイスはその意味を理解し、愉快そうにほくそ笑む。

「それは大変結構なことでございますね。ウィリアム様にとって、それほど簡単な誓いはございませんから」
「そうだろう? 俺もそう思っている」

 ルイスはもう何も言わなかった。彼は浴室へ入っていく主人の背中を黙って見送る。
 そしてその扉が閉まりきったのを見届けると、音もなく主人の部屋を後にした。
< 36 / 195 >

この作品をシェア

pagetop