愛しのあの方と死に別れて千年<1>

2. 縁談の相手

 自室に戻ると、そこには侍女のハンナがいた。彼女はいつにも増してご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながらお茶を入れている真っ最中だった。

「今日はお嬢様のお好きなフレオールの茶葉ですよ。ミルクはお入れになりますか?」
「ストレートでいいわ」
「かしこまりました」

 私より一つ年上のハンナ。栗色の瞳と赤い髪、そして健康的な肌の色にぴったりの、ひまわりのように明るい性格の彼女。
 姉のような、妹のような――それでいて友人のような、私が唯一心を許せる存在だ。

 彼女は手際よくお茶とスコーンを用意しながら、嬉々として話し出す。

「ファルマス伯より縁談を申し込まれたとお聞きしましたわ。さすが我がお嬢様でございます」
「もう広まっているの?」
「そりゃあそうですよ。相手が相手ですもの!」

 私はソファに腰かけ頬杖をつく。今までの十八年の平和が一瞬で崩れ去ったことに、ある種の怒りすら感じながら。

 私がため息をつくと、ハンナは何か勘違いしたのだろう、口元に手を当て不自然な笑い声を上げた。

「ファルマス伯――ウィリアム様といえば、アーサー王太子にも引けを取らず、ご令嬢方の人気を二分(にぶん)する貴公子。侯爵家にお生まれになりながら浮ついたところもなく、下々の者にも分け隔てなく接してくださるよくできたお方。さすがのお嬢様もポーカーフェイスが崩れるというわけですのね」
「…………」

 訂正するだけ無駄ね。
 私はハンナの言葉を右から左へ聞き流し、ティーカップを口へと運んだ。

 ――温かい。ハンナの入れたお茶を飲んでいるときが、私の心が休まる唯一の時間。

「……ファルマス伯ね」

 私はカップをサイドテーブルに置き、ファルマス伯の姿を思い浮かべる。

 すらりと高い身長、栗色の髪にヒスイ色の瞳。顔立ちは凛々しいというよりは甘い――と同時に、私はとあることに気が付いた。今の彼の容姿が――私の記憶の中の、千年前の彼の姿と同じであることに。
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