愛しのあの方と死に別れて千年<1>

5.失恋


「ウィリアム様、見てください! 魚が泳いでいますわ!」

 カーラはボートから身を乗り出して、無邪気に水面を指差した。
 ウィリアムはそんなカーラを困った顔で見つめている。

 今日はカーラのテンションがいつになくおかしい。
 カーラはウィリアムの屋敷を出発してからずっとウィリアムに話しかけっぱなしだったのに、アメリアが馬車に乗ってきた途端に今度は(だんま)りを決め込んだ。
 結局カーラは道中アメリアと一言も口を利かず、馬車を降りてからもそれは変わらない。彼女はただウィリアムのことしか見ていない。

 ウィリアムはカーラが自分のことを好いていることに気が付いていた。面と向かって好きだと告げられたのはカーラがほんの子供の頃だったが、それ以降も彼女の気持ちは態度からひしひしと伝わってきた。

 ウィリアムがそれを不快だと思ったことは一度もない。だから彼は無碍(むげ)に断ることも、避けることもしなかった。
 けれど同時に、それを特別嬉しく思うことがなかったのもまた事実である。

 ウィリアムがカーラに対して持っている感情は、良く言えば自分を慕う妹に対する兄妹愛であり、悪く言えばただそれだけ。決して恋人に対して感じるような(たぐい)のものではないのである。

 それを言うのならば、彼はアメリアに対しても恋愛感情を抱いてなどいないのだが。
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