ヒートフルーツ【特別編集版第1部】/リアル80’S青春群像ストーリー♪
果実たちの選択/その3
追川



夕方5時ちょうど、”赤とんぼ”のメロディーが広報無線で流れている

その”夕焼け小焼けの~”に、バイクのエンジン音が俺の耳に被さった

どうやら戻って来たようだ、彼が…

「…香月明さんですね?」

彼がアパートの前にバイクを止め、ヘルメットを外した後、俺は声をかけた

「ええ、そうですけど…。どなたですか?」

彼は後ろを振り返り、穏やかな口調で問いかけた

そして、バイクを降りた彼の正面に立った俺は、「私…、こういう者です」と、名刺を差し出し、定番のあいさつをした

ヘルメットを抱えているもう一方の手で、彼は名刺を受け取った

「"週間実話キャッチ"という雑誌を出している出版社の記者です」

俺はストレートに告げた

さあ、彼の反応はどうだ

「何も話すことはありませんよ。これ、受け取れませんから!」

彼の顔色は変わり、そう言って受取った名刺を、こちらに押し返してきた

まさに明確な拒否反応だった

「香月さん、俺はここ何年も相和会の実態を追ってきた。そして相馬の死んだ今年の夏、君と女子高生二人にたどり着いたんだ。当然、君たちから”真実”を聞いて、世間に奴らとその背後をぶちまけたい。だけど、それはもう無理なんだ。奴らの手が回って、記事にできない。…だから、君に話を聞いても、世間には伝えられない」

俺は周囲に人がいないことを踏まえた上で、結構大きな声で彼の背中にこう投げかけた

「なら、僕に会う意味ないですよね?疲れてるんで、失礼します!」

「名刺、返されちゃったんで…、俺の名前だけ言っときます。追川です。”追及”の”及ぶ”じゃなくて、”追う”の方です。泉さんの記事、書いた追川です!」

だが彼は、俺の言葉が届く前に足早で部屋に入って行った





これまでだ、この事案は…

残念だが

確かに俺にしては淡白かもしれないが、すんなり決心がついたよ

香月明は一見して、文字通りの、いわゆる善良な青年だ

しかも、嘘がつけないタイプだろう

おそらく…、いや、間違いなく彼は、相和会に釘を刺されたはずだ

ウチを含めたマスコミ、その他への他言は無用だと

彼の顔を見て、そう確信した

とてもじゃないが、無理に話など聞けるものか

下手をすれば彼の命に関わるんだ

それに、今の彼は守るべき大切な存在も背負ってるようだ

おそらく、横田競子とは心惹かれる合う仲なんだろう

であれば、彼はなによりも、彼女のことを考えているかもしれない

俺が描く"真実"は、彼女を危険な立場に追い込む要因も孕んでいるはずだ

なら、もう手を引くべきだ

いずれ”時期”がきたら、彼の話が聞けるかも知れない

俺はそう、心に言い聞かせた…








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