妹の身代わりで嫁いだ姫は、ヤンデレなはずの皇王にとろ甘に溺愛される(旧 ヤンデレ皇王のつがいはデレ改革をお望みです ~加虐系ヤンデレはデレデレにデレチェンジ~)

 現れたのは、漆黒に近い色の髪を持つ男だ。
 髪色で限りなく皇族に近い血筋だと分かる。
 灰色のローブで体躯は分からないが、ちらりと見えた腕回りはがっしりとしていた。
 鍛えられた手は騎士だと言っても通じるだろう。
 一番目を引くのは、紅消鼠(べにけしねずみ)色の両目を裂くような三本の爪痕だ。

(獣にしては爪と爪の間隔が大きすぎるわ。こんな大きな爪を持つ生き物なんているわけ……)

 ふとヴィーニャの寂しげな顔がシルディアの脳裏を過った。

『長い年月は人を……変えてしまうものですから』

 あの時、彼女が言っていた言葉を思い出す。

「――竜の怒り……?」
「ふっ。なかなかどうして。正解に辿り着くとは」

 男が薄い笑みを浮かべる。
 ぞわっと体の内側から凍り付くような目を向けられ、シルディアは思わず後退る。

(正解? 竜の怒りは比喩的なものではなく、物理的なもの? 竜は本当に存在する……? 今は考察している場合じゃないの。目の前の人物が誰なのか考えるのよ)

 シルディアは目の前の男から目を逸らすことなく、彼が何者なのかを考える。

(ヴィーニャから聞いたのは、竜の怒りを買った人間は社交界を追放された。つまり貴族。伯爵以上……いいえ、この髪色なら公爵かしら)

 限りなく漆黒に近い髪は高貴な身分の証だ。
 だというのに、不祥事を起こした。
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