スイート×トキシック

「……芽依?」

 肩を震わせるわたしに気付き、戸惑ったような十和くんの声がする。

 “大丈夫”だという意味で首を横に振ったが、彼は心配そうな面持ちで正面に回り込んできた。

「どうしたの? ごめん、何か嫌だった? 痛かった?」

 今度は“違う”という意味で首を左右に振る。

 彼の指先が、伝い落ちていく(しずく)を拭ってくれた。

 そのあまりに優しい温もりに余計涙があふれたが、お陰でやっと息が出来るようになった。

「違うの……。ごめん」

 震える声で告げる。
 彼はただ黙ってわたしを待ってくれていた。

「そんなふうに言われたこと、なかった。今まで」

 誰かを好きになることや好かれることはあった。
 でも、近づくほどに相手は遠ざかっていった。

 “好き”が深まっても、いつもどこかで失敗してしまって。

 わたしは不器用過ぎて、恋が下手で、空回りしては傷ついてばかりいた。

 “気持ち悪い”……なんて言われたこともある。

 うまく伝わらないもどかしさが苦しかった。

 最後にはいつもわたしが彼らを不幸にしているみたいで、責められている気がして辛かった。

 誰にも必要とされたことなんてない。
 分かって貰えなかった。

 十和くんが初めてだ。
 こんなにわたしを想って、愛してくれたのは。



 最初は怖かった。気味が悪かった。
 狂気的なまでのその恋心が。

 でも、今は……違う。

「────嬉しい」

 素直にそう思えた。

 わたししか映らない瞳、甘い言葉を(ささや)く唇、(いつく)しむように触れる手。

 身に余るほどの十和くんの想いが、わたしを包み込んでくれた。

 春の陽射しみたいに、柔らかくてあたたかい。
 凍てついた心が溶かされていく。

「芽依……」

 染み入るように呼び、彼が再び手を伸ばす。
 そっとわたしの頬に添えられた。



 ちゃんと、気付いていた。

 その眼差しがあのときみたいに、熱っぽくても慎重なことに。

 気持ちがあふれて止まないけれど、わたしを優先してくれている。
 その思いやりに。

 ……わたしは目を閉じた。

 彼の想いを受け入れてみたくなった。

 近づく気配に、衣擦(きぬず)れの音に、鼓動が痛いほど加速する。

 ────やがて、唇が重なった。

「……っ」

 何だかまた、泣きそうになってしまう。

 彼はわたしを気遣うようにすぐに離れた。
 至近距離で目が合う。顔が熱い。

 照れ隠しのように笑えば、十和くんもそうした。

「……可愛い」

「は、俺が? それこっちのセリフだから」

 わたしの頭を撫で、笑う。
 こうやって彼に触れられると、何だか心地いい。
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