スイート×トキシック

 何だろう、と首を傾げていると、彼が微笑む。

「おいで」

「……?」

 言われるがままに立ち上がって歩み寄る。

「ちょっとだけ、一緒に外出ない?」

「えっ!?」

 あまりに驚いて思考が止まった。

 そんなことをしていいのだろうか。

 世間的には、彼は誘拐犯でわたしは失踪中。
 もし警察やわたしの家族、知り合いに見られたらどうするつもりなのだろう。

「一応、これは被っといて欲しいんだけど」

 十和くんはキャップを掲げ、わたしの頭に被せた。

「俺のだからちょっとでかいね。でもちょうどいいか」

 確かにキャップは緩く、少しでも動けば(つば)の部分がずり落ちてくる。
 きっと目元は影になって、周囲からは見えない。

「行こっか」

 十和くんは何の躊躇(ためら)いもなく、当たり前のようにわたしの手を引いた。

「え……っ。ま、待って」

 思わず足を止める。

 どうして、そんなに迷いがないの?
 何か吹っ切れたみたいな表情で。

 彼の様子とは裏腹に、わたしの心臓は不安気な音を立てていた。

「いい、の?」

 そんなふうにわたしを外へ連れ出して、本当にいいの?

 外に出てしまったら、わたしは十和くんから逃げるかもしれないのに。

 がんじがらめのドアも、自由を奪う拘束もないのだから。

 本気で走ったら、きっと簡単に振り切れてしまう。
 大声で叫んだら、きっと誰かが助けに来る。

 平穏なお城の中とは違う。

(そんな、不確かで危険な場所なんだよ……?)

 くす、と十和くんは小さく笑った。

「いいよ? 俺に芽依の自由を奪う権利なんてないんだし」

「…………」

 何それ、と咄嗟に思った。

 今までずっと不自由(それ)が当たり前だったくせに。
 そうやってわたしを縛りつけてきたくせに。

(どうして、今さら突き放すの……?)

 十和くんはこの生活が終わってもいいの?
 それを受け入れたというの?

「……あれ、どうしたの。外出られるの嬉しくない?」

 わたしが泣きそうな顔をしていることに気付いたのか、彼は不思議そうに言った。

 ぎゅ、と拳を握り締める。

(……わたしは嫌だ)

 終わらせたくない。

 何も答えず廊下に出た。
 リビングのドアを開け、テーブルの上に置いてあったものを掴む。
< 109 / 187 >

この作品をシェア

pagetop