スイート×トキシック

「ちょっと、芽依?」

 困惑したように追いかけてきた十和くんを振り返る。
 手にした手錠を掲げて見せた。

「それ……」

「つけて。そしたら行く」



*



 玄関のドアが開かれる。

 最初にわたしを絶望させたそれは、いとも簡単に外の世界へと繋げてくれた。

 すっかり夜だったが、備えつけの照明のお陰で共用廊下は明るかった。

(こんな感じだったんだ)

 想像通りといえば想像通り、綺麗で新しそうだ。
 レンガやコンクリートのおしゃれな外観。

 意外だったのは、マンションはマンションでも低層マンションだったということ。

 手すりから見下ろせば、ここは最上階の3階であることが分かった。
 目の前に広がった景色は案外、地面と近い。

「…………」

 久しぶりに外の世界を目にして、その空気を味わったが、思ったよりも感動はなかった。

 こんな感じ、だったっけ。
 部屋の中よりもよっぽど(よど)んでいるような気がする。

「行こ」

 玄関に鍵をかけた十和くんが笑いかける。
 何となく、わたしはキャップを目深(まぶか)に被った。

 はめた手錠を見下ろす。

 金属の輪でわたしの右手首と彼の左手首を繋ぎ、上から袖を被せた。

 顔を覗かせる鎖が、ちゃり、と小さく音を立てる。

 暗いからよく見えないだろうが、誰かに気付かれないか何となく心配になった。

「!」

 くん、と手が引っ張られる。
 何かと思えば十和くんに握られた。

「こうすれば見えないよ」

 そう言って、繋いだ手をポケットに入れる。
 彼の服の中は体温であたたかかった。



 ふたりで階段を下りていく。

 誰かほかの住人に会わないかどきどきしていたが、そんなことはなかった。

 やっぱりここはかなり閑静(かんせい)な場所みたいだ。

「芽依、どうしたの? 何か静かだね」

「……ちょっと、緊張してる。怖いのかも」

 諸々(もろもろ)の事情がバレて困るのは十和くんなのに、どうしてわたしの方が不安になっているのだろう。

(でも……)

 バレたら終わりなんだ。
 この生活も十和くんとの日々も関係も、ぜんぶが崩れ去ってしまう。

「大丈夫だよ」

 彼はポケットの中で一際強くわたしの手を握り締めてくれた。
 それから言う。あくまで温和な声色で。

「今だから、少し教えてあげよっか」
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