スイート×トキシック

 朦朧(もうろう)とした頭に“死”という概念がなだれ込んできた。

 本当に殺されそうなときって、右往左往する暇もないんだ。

 意識が遠のいて何にも分からない状態で、ただただ苦しくて、もがいているうちに力が抜けて────。

 そのとき、不意に喉の奥に空気が通った。

 ひんやりと冷たい風が過ぎたかと思うと、一気にむせ返る。

「……っ、けほ!」

 顔が熱くて、じんじんする。
 身体を丸めて()き込むわたしを、朝倉くんは(きょう)がるように眺めていた。

「あっぶなー。危うく殺しちゃうとこだった」

「は……」

 暢気で残酷な言葉に、反射的に怒れただけまだわたしはまともな状態だった。

 それを言葉にしなかっただけ、十分理性的だった。

 それでも激しい心臓の音を聞きながら呼吸を整えている間に、呆然(ぼうぜん)としてしまった。

 放心状態になって、床に倒れたまま力が入らなくなる。

(生きてる、わたし……)

 ただその認識だけが自分の中で繰り返された。
 実際、それくらい死の瀬戸際(せとぎわ)ぎりぎりに立たされていたと思う。

「そんなに苦しかった? ごめんね、つい」

 朝倉くんは指先についた血をぺろりと舐めた。

「でも、芽依ちゃんが悪いんだよ? 俺の気持ち全然分かってくれないから」

「そっちだって……」

 反駁(はんぱく)しながら起き上がった瞬間、頬に衝撃が走った。

 うまく力の入らない震える腕では、身体に響いたその衝撃を受け止めきれず、わたしは再び床に崩れ落ちた。

「……っ」

「まだ分かんない? 君の可愛い顔に傷つけたくないからさ、あんま殴らせないでよー」

 打たれた頬がひりひりと痺れるのを感じながら、唇を噛み締めて彼を見上げた。
 非難するように()めつける。

「…………」

 へら、と軽薄(けいはく)で冷たい笑みを浮かべていた顔から表情が消える。

 また先ほどみたいに髪を掴まれ、引っ張るように起こされた。

「だからさ、そういうの」

 不機嫌そうに声を低めた朝倉くんの手が、再びわたしの頬を強く打った。

 “痛い”とか“やめて”とか、そんな言葉を発する隙もない。

 わたしが倒れ込む前に、彼に手首を掴まれた。
 かちゃ、と鎖が音を立てる。
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