スイート×トキシック
「キスより先のこと、教え込んであげようか? そうやって動けなくして逃がさない、って手もあるけど」
絶対に嫌、と恐ろしい気持ちも忘れて拒絶しようと口を開いた瞬間、再び塞がれてしまう。
息をする隙もないほど、角度を変えて何度も何度も。
入らない力をどうにか込めて、ぐい、と押し返した。
「十和、くん……っ」
「……やば。そんなふうに呼ぶのは反則だって。かわいすぎて止まんなくなりそう」
ぺろりと軽く舌なめずりした彼に慌てたけれど、そっと身体を起こすと離れてくれた。
そのまま転がっていた包丁を掴む。
「でも、芽依に嫌われたくないから我慢する。別の方法でお仕置きしてあげるね」
どく、と重たげに心臓が跳ねる。
恐る恐るあとずさると、すぐに壁まで追い詰められた。
「や……」
「殺される、なーんて思ってるの? そんなに怯えちゃって」
くすくすと笑った彼はわたしの前に屈んで、寝かせた包丁の刃で顎をすくった。
「確かに殺したいくらい好きだけど……。ばかだなぁ。殺さなくたってもう、きみは俺から離れられないよ」
熱っぽい眼差しや甘い言葉が、棘を持った蔦のように絡みついてくる。
「そんな、わけない……」
「どうかな。とりあえず、芽依には分からせてあげないとね」
ぐ、と突きつけられた刃の先がわずかに肌に沈み込んだ。
喉のあたりにちくりと痛みが走って息をのむ。
「待って……! そんなのいらない!」
「どうして? 痛い目に遭わなきゃ、いいことと悪いことの区別もつかないんでしょ」
「そんなことない、ちゃんと分かるから……!」
「……へぇ」
十和くんが目を細めた。
「じゃあ分かってて逃げ出そうとしたんだ?」
「それ、は……」
「ちがう? なら、やっぱ分かんないってことだね」
言葉に詰まって、それ以上何も言い返せない。
勝ち誇ったように笑った彼が顔を傾ける。
「ほらね。お仕置き、必要でしょ? ふたりで仲良くやってくためには、だめなことはだめって分かんないとさ」
────すべてが彼のてのひらの上だった。
こうなった以上、もう失うものなんて何もない。
分かってしまえば、潔く割り切ることができた。
睨むように視線を突き刺す。
「……いい加減にしてよ。十和くんに傷つけられる筋合いなんてない」
一度、おさえ込んでいた感情や鬱憤を吐き出してしまうと、止められなくなった。
「もうこれ以上、十和くんのわがままになんか付き合ってられない。こんなとこいたくない。一緒にいたくない!」
彼が何を言おうと、所詮は犯罪者のたわごと。
そんなものに真剣に耳を傾けるなんて、きっとどうかしていた。