スイート×トキシック

「わたしが好きなのは先生だから。何を言われようとこれだけは変わらない。あんたなんか好きになるわけな────」

 言い終わらないうちに頬に衝撃が走り、再び床に倒れ込んだ。
 唇の端がひりひりと熱い。切れたかもしれない。

 それでも怯むことなく見上げた。
 彼は心底不愉快そうに苛立ちをあらわにしていた。

「……そうやって、気に入らないことはぜんぶ拒絶するんだね。いつもいつも、わたしの言葉は最後まで聞かないで」

 自分にとって都合が悪いことは、強制的にシャットアウトするんだ。

 見たくないものから目を背け、聞きたくなければ耳を塞ぎ、相手を恐怖で支配して思い通りにしようとする。

「そんなの、ただ自分勝手で幼稚(ようち)なだけ……。あんたなんて何も怖くない!」

 十和くんの眉頭(びとう)に力が込もったのが分かった。
 乱暴にわたしの髪を掴む。

「う……っ」

「あーあ、ほんと生意気」

 怒気の込もった低い声に気圧(けお)されそうになる。
 いままでで一番、怒っていた。

「怖いもの知らずなのかな。それとも、ただ頭が悪いだけ?」

 髪を引っ張る力は容赦なくて、剥がれるように痛い。
 泣きたくないのに涙が滲んだ。

(悔しい……)

 痛みのせいだとしても、涙を見せれば彼を(よろこ)ばせるだけだと分かっているのに。

 わたしは無力で、抗うことさえまともにできない。
 十和くんを責めたって、結局はその倒錯(とうさく)的な愛の犠牲になるだけ。

「まあいいや、どっちでも。強引に分からせればいいだけだもんね」

 ささやかな抵抗なんて、きっと痛くも痒くもないのだろう。
 非難するような言葉も、ちっとも響いていない。

 すっかり調子を取り戻した十和くんが、嬉しそうに微笑む。

「……ってことで。お仕置き、しよっか?」



 ────身体の至るところに浮かび上がった(あざ)や切り傷を、彼は愛おしそうに眺めていた。

「芽依、肌が白いから傷が映えるね。綺麗だよ」

 空気に触れているだけで火傷しそう。
 あちこちから生ぬるい血が流れて肌を伝っていった。

「……っ」

 十和くんはとことん容赦がなかった。
 殴ったり蹴ったりつねったり、浅くとはいえ包丁で切ったり刺したり────。

 嫌になるほど悲鳴を上げた。
 “やめて”と懇願(こんがん)した。

 それでも彼の気が済むまで、一方的な暴力は()まなかった。

(もう嫌だ……)

 痛みはわたしから気力と体力を奪った。
 いまも床に倒れ込んだまま、少しも動けない。
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