スイート×トキシック

(そうだよね)

 信じていた好きな人に嘘をつかれて裏切られたら────。

 先生にそんなことされたら、わたしだったら耐えられないかもしれない。

「……怒って当然だよ」

「芽依……」

 十和くんは感慨(かんがい)深そうにわたしの名を呼んだ。

「……ほら、もう学校行って。遅れるよ」

「わ、本当だ。時間ない」

 苦笑を混じえつつ促すと、スマホで時刻を確かめた彼が慌ただしく部屋から出ていった。

 ほどなくしてまた顔を覗かせる。

「芽依、これ制服。一応返しとくね」

 丁寧に畳んだ服を渡された。
 驚いたことに手錠まで外してくれる。

 部屋に鍵をかけた彼は「行ってきまーす」と今度こそ家を出ていく。



「…………」

 ブラウスにもスカートにもしわひとつない。
 カーディガンは以前より手触りが柔らかくなっているような気がする。

 すん、と鼻を寄せた。

 ついさっきまでそこにいた彼の存在感が、香りを通して強くなる。

 それなのに抵抗感や嫌悪感は息を潜めたまま。

(……どうして?)

 別に、友好的に接しようと思ったわけじゃない。
 十和くんを受け入れたわけでももちろんない。

 でも、何だか(とが)っていた敵意が嘘みたいに丸くなってしまった。

 彼の行動には理由があると分かって、筋が通っていると納得して、本当の意味で初めて理解が及んだ。

 裏切られたショックを想像して、その気持ちに共感出来てしまった。

 絶対に分かり合えないと、ついさっき思ったところだったのに。

(何か怖いな……)

 自分が自分じゃなくなっていくみたい。

 感情がころころ変わったり、彼のことをあれこれ考えたり。
 そのうち、目まで見えなくなりそう。



 しゅる、と胸元のリボンをほどいた。
 こんなの着てるから惑わされるんだ。

 素早く脱いで、着慣れたブラウスに袖を通した。

 シトラスが漂う。十和くんのにおいがする。

 ボタンを留め、スカートを履いた。
 カーディガンを羽織り、ぱちん、と胸元に制服のリボンをつける。

 そうして元の格好に戻ると、着ていたワンピースを手に取った。

 本当はハンガーにかけた方がいいのだろうけれど、この部屋にそんなものはない。

 ひとまず畳んでおこうと床に置いたとき、ふと違和感に気が付いた。

「ん……?」

 ワンピースを手に取る。
 その襟元に顔を寄せ、じっと見つめた。

「これ、血……?」
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