冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない。
飛鳥馬様の足音がこちらにどんどん近づいて来る。


トン、と私の俯いた視界の中に、飛鳥馬様の黒艶(こくえん)色の綺麗な靴が入ってきた。


飛鳥馬様は、もう私の目の前にいる。


2人の間に、さっきまでの距離はない。


「………っ、」


わたしはその状況にどうすることも出来ず、ただ冷たい床の一点を見つめるのみ。顔を上げたら、わたしに命はない。


そう思わせるほど、飛鳥馬様が纏う空気が冷酷を通り越して、もはや無だった。

あたたかかさの欠片もない、そんな凍りついた視線で見つめられているのが、直接その瞳を見なくても分かる。


「ねぇ……、いつまで待たせんの?お前は命令されないと、動けないタチ?」


呆れたように深いため息をつきながらそう言った飛鳥馬様。


あちらからわたしに質問してきているというのに、まるで返答は無用のように、飛鳥馬様は未だに動かないわたしを見つめ、「めんどくせぇ……」と零した。


ストン、と飛鳥馬様が静かに腰を下ろす音がしたかと思えば、次の瞬間、色白で細い綺麗な手がスッとわたしの顎に添えられ、柔い力で顔を上に上げられた。


「っ、……っ!?」


途端に見えてしまった、海よりも深い闇色に沈んだ真っ黒な瞳。そこに光なんてものはなくて、その不気味な漆黒に恐怖を覚えた。
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