後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

学びます

 というより、あまり深く考えていなかった。夏晴亮(シァ・チンリァン)が雨と視線を合わせる。

「ごめんね、何を言っているのか分からなくて」

 もっと(ユー)と仲良くなって、意思疎通を図れるようになりたい。(マァ)宰相が二人を見つめた。

「一般の人は精霊を認識出来ません。ですから、いないものと同じです。だからすり抜ける。しかし、扉のような無機物となると、そもそも意識が無いのでいるいないの次元ではありません。したがって、扉側がいないと認識していないためすり抜けることはありません」

「そうなのですね。勉強になります」
「学び舎に通っていないので、知らなくて当然です。やはり座学のみでも学び舎に……しかし、それですと五月蠅いお方が……」

 馬宰相を悩ませてしまい、夏晴亮が焦る。自分のことで誰かが困るのは見たくない。雨と捜査をするのはまだ早かったか。そう思っていたら、目の前に書類の束が現れた。

「私が都度お教えすると申し上げておりましたから、僭越ながら最後まで責任を持って貴方の専属の教師とさせて頂きます」
「え、これは」

「学び舎で使っている教科書です。精霊の感じ方、視方、扱い方はすでに出来ていますから、精霊についての知識や簡単な法術を中心にお伝えします」
「はい! 有難う御座います。宜しくお願いします」

 馬宰相の貴重な時間をもらってしまうのは心苦しいが、何も知らないまま迷惑を掛ける方がのちのち厄介なことになる。夏晴亮は深々拱手し、教えを乞うことにした。





「とは言ったものの……」

 大量の座学用書類を用意してもらえたのはいいものの、夏晴亮は重大な事実に気付いてしまった。
 夏晴亮はまともな教育を受けたことがなく、読めない文字が多くあるのだ。

 どうしたらよいのだろう。今から戻っていって、馬宰相に相談しようか。しかし、ここに幼児が学ぶような簡単な勉強道具があるとは限らない。そうなると、新たな手間をかけさせてしまう。

「そうだ。私が買えばいいんだ」

 それならば、彼に負担をかけることもない。これ以上何かして、心労で倒れでもしたら後宮が混乱に陥る。幸い、先日初めての給与をもらったので手持ちもある。

「よし、王都にお出かけしよう!」

 立ち上がったその時、後ろから声がかかった。

「王都に行くの? なら、私も行くわ」
「馬先輩!」

 同室の馬星星(マァ・シンシン)だ。一人だと思っていたが、いつの間にか戻ってきていたらしい。馬星星がにやにやしながら近づいてくる。

「亮亮、お出かけなんだからおめかししましょ。私に任せて」
「え、え、せんぱ、うわ」

 先輩にもみくちゃにされた夏晴亮は、宮女に受かった日のことを思い出した。
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