後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
男が力の限り叫ぶ。夏晴亮は訳が分からず首を傾げた。
「毒、とは……?」
「な、なんともない、のか……!?」
両肩を掴まれ、男に揺さぶられる。それでも具合を悪くする様子を見せない夏晴亮に男が顔を青くさせた。
「何ともないとです。ちょっとぴりっとしていて美味しかったです」
「美味しいだと!? 即効性の猛毒だぞ!? 毒を食べていないのに当てられて、私は幻覚でも見ているのか……?」
ふらふら倒れ込む男を抱き支える。一人で生きてきたため、そこらの男より腕力はある。そこで初めて男としっかり見つめ合った。途端、男は顔どころか首元まで赤くさせた。
「離れろ! 一人で立てる」
「分かりました」
平気なのであれば、夏晴亮が支える必要は無い。言われた通りすぐに離れたら、男に睨まれた。
「……お前、新人宮女か。名はなんと言う」
「夏晴亮です。顔が赤いですが、平気ですか?」
右手をそっと頬に当てる。すぐに振り払われた。
「平気だ。しかしそうか、毒を食べても問題無いとは……分かった」
男は夏晴亮に指を差して言った。
「夏晴亮、今日からお前を宮廷毒見師に任命する!」
「毒見師ィ!?」
自信あり気に宣言されたため驚いたが、はて、毒見師とはいったい何だろう。
「あの、毒見師とはどういう仕事なのでしょう」
「ふん。言葉の通りだ。私は立場上、命を狙われることがある。それから守るため、夏晴亮が私の食事の毒見をするのだ」
「な……なるほど!」
夏晴亮が力強く頷くが、実際はよく分かっていない。それでも、食事という単語で「食べ物が食べられる」ということは理解出来た。
「美味しそうな仕事ですね!」
「お前、適当に言ってるだろう」
「そんなことは、あります!」
「だろうな。ちなみに今までは適当な宮女を呼んでやらせていたが、毒を盛られる頻度が高くて逃げられてしまっている。そのため、専属の毒見役を立てることになったのだ。つまり、それなりの仕事ということだ。やるか?」
「やります!」
「そうか……」
男はこれ以上の説明を諦めたようで、夏晴亮を置いて歩き出してしまった。
「どちらに? その仕事はもう始まりますか?」
「必要な時に呼ぶ。それまでは通常業務を行え」
「分かりました!」
ぎこちない拱手で男を見送る。夏晴亮がはたと気が付いた。
「そういえば、ここがどこか聞くの忘れた! 部屋に戻れない!」
結局、先輩宮女に見つけてもらうまで廊下を彷徨い続けていた。