後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
第三章

正妃騒動

 その日、後宮内に激震が走った。

「亮亮、聞いた!? 第一皇子が正妃を決めたって!」

 部屋で文字の勉強をしていたら、息を切らして馬星星(マァ・シンシン)が帰ってきた。衝撃の言葉付きで。
 さすがに手を止め、目を丸くさせて先輩を見遣る。

「聞いてないです」

 毎日会っている。最低三回は。しかし、そんな報告は受けていない。

──わざわざ一介の宮女に報告はしないか。

 馬星星が顔を赤くさせたり青くさせたりしながら近づいてくる。

「顔色が悪いです」
「感情が爆発してるだけだからいいの。それより、正妃って貴方のことじゃないわよね?」

 その問いに、昨日、毒見中に任深持(レン・シェンチー)から話しかけられたことを思い出した。

夏晴亮(シァ・チンリァン)、ところで正妃にはならないのだな』
『はい。申し訳ありません』
『絶対に?』
『はい』
『分かった』

──報告はされなかったけど、正妃の話はしてたなぁ。そういえば。

「違います」
「本当に?」
「はい」

 ならないと答えたので、正妃にはならない。つまり、正妃を決めたということは別の女性に決まったということだ。

「そうなの」

 その場にゆっくりと沈み込んだ馬星星が長い息を吐く。

「もう、この話を聞いて私はどうしたらいいかと──でも、そうなのね」
「大丈夫ですか? 寝台で休んだ方が」
「ありがと。それにしても、第一皇子は何を考えているのかしら。皇帝から急かされた? さすがに王族の内部事情までは分からないし」

 寝台に腰を下ろした先輩に見つめられる。言わんとしていることはなんとなく分かる。

 人と交流するようになって、彼らは何を思いながら会話しているのか考えるようになった。彼女はいま、正妃のことで夏晴亮がどう思うのか悩んでいるのだろう。

「心配しないでください。私はなんとも思ってませんので」
「そうよね。思いっきり断ってたものね。あの様子じゃあっさり心変わりしたとは考えにくいから、きっと何か事情があるんだわ」

 馬星星が夏晴亮の手を取る。

「正妃が亮亮のことを知って嫌がらせしてきたら言ってね。私たち先輩が体を張って守るから」
「有難う御座います。嬉しいです、すごく」

 二人でにこやかに廊下へ出ると、すでにそこは戦場となっていた。

「馬星星、夏晴亮、こっちへ! 正妃がいらっしゃる準備をするわよ!」
「はい!」

 急に決まったことなので全く準備がなされておらず、これから正妃の部屋になる場所を整え、正妃を歓迎する準備をするとのことだった。

「全く、第一皇子ももっと早くおっしゃってくださればいいものを」

 女官がぼやく。本人の前では言えないが、ここにいる人間全員が思っているだろう。
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