後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

恋の暴走車

 寂しそうに笑う彼女は、今までどれだけの孤独に耐えたのだろう。

「それに、彼とは十五歳以上離れているから、私なんて子どもにしか見えないのかも」
「お二人が出会ったのはいつなのですか?」
「私が十歳の頃かしら」
「なるほど」

 出会った頃が子どもの時で相手がすでに成人しているのだから、相手からしてみればいつまで経っても子どものままなのだろう。

「どんなところがお好きなのですか?」

 恋愛話をするなんて初めてだ。人はどういう恋をして、どう想っているのだろう。思い切って尋ねてみる。王美文(ワン・メイウェン)が瞳を輝かせた。

「聞いてくださる? 一刻は覚悟なさってね!」

──あ、失敗したかも。

 夏晴亮(シァ・チンリァン)がさっそく後悔したが、王美文の舌は止まらなかった。

「どんなところと言われても馬牙風を構成する全てを愛しているから難しいのだけれど、しいて言うなら草臥れてるところかしら」
「草臥れてる……?」
「そう。初めて会った時彼はまだ二十代だったのに、すでに仕事に疲れた中年男性の雰囲気を醸し出していて、とても惹かれたわ」

 思い出に浸る彼女の顔はまさに恋する乙女で、夏晴亮は感心した。

「それが十歳の頃の話ですか」
「良い趣味でしょ?」
「はい」
「でしょう!」

 ここに馬星星(マァ・シンシン)がいたならば、ツッコミの一つでも入れてくれただろうが、生憎ここには乙女と恋を知らない初心者しかいない。王美文は暴走した。

「ご覧になって」

 服の裾から何かが取り出される。見ると、古い紙だった。

「これは、馬牙風が書き損じて捨てた紙なの。これを捨てるなんてもったいないから、拾って家宝にしてるわ」
「拾って!?」

 なるほど。恋というものは人を貪欲にさせるらしい。夏晴亮は勉強になると深く頷いた。

「普段はこの袋に入れて、常に持ち歩いているの。せめて、彼の触れた物を身に着ける権利くらいは欲しいと思ってしまって」
「それが恋というものなのですね」
「そうよ。これが恋でしてよ」

 ツッコミ不在とは、時には恐ろしい魔物を生み出してしまうこともある。

「そういう貴方は任深持(レン・シェンチー)様のことをどうお想いになって?」
「私……! 私は……どうなのでしょう。難しいです」
「ふふ、そんなに固く考えないで。時が経てば、自ずと結果は見えてきてよ。あのお方の頑張り次第でしょうけど」

 結局、公務の休憩に戻ってきた任深持が話しかけるまで王美文による恋談義は続いた。

「二人とも、一刻以上過ぎているが」
「あらあ、私ったらつい楽しくて。ねえ」
「はい。とても充実した時間でした」

 正妃と側室が仲良くなり、任深持は胸を撫で下ろした。これなら安心だ。しかし、二人が近過ぎて、任深持が置いてけぼりにされる日が多くなることを彼はまだ知らない。
< 49 / 88 >

この作品をシェア

pagetop