後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

側室騒動

 翌日、正妃の知らせを受けた以上に後宮は大混乱に陥った。なにせ、正妃を連れてきたばかりの中、側室の存在まで知らされたからだ。さらにそれが、夏晴亮(シァ・チンリァン)だったことも要因の一つになっている。

「何故あの方は重要なことを前もって知らせてくださらないのかしら!」

 女官が後宮内を駆け巡る。昨日指示を出していた宮女が今度は側室になる。またしても大がかりな準備が必要である。

「亮亮。すぐに移動しちゃう?」
「いえ、私の都合が良い時に部屋を出ればいいと」
「さっすが、亮亮大好き皇子ね~」

 以前、夏晴亮が術師になるかならないかで騒いでいた馬星星(マァ・シンシン)は、今回は妙に落ち着いている。何故なら、これは彼女の予想の範囲内だったからだ。

「絶対、あの人なら亮亮を手に入れる何かを模索してると思ったわ。さすがに偽の正妃を立てるとは思わなかったけど」
「偽じゃなくて契約結婚です」
「そうそう、いちおう正当な婚姻なのよね。お相手の覚悟もすごい」

 元より事情を知っているため、馬星星にだけは本当のことを話していいとの許しが出た。彼女以外は正妃が正妃としてやってきたと思っている。

──あと知ってるのは馬宰相だけか。

 彼は契約結婚と知っていて、王美文(ワン・メイウェン)が自分のことを好いているということも知っている。もしかしたら、すでに心は違うところへ行っているくらいには思っているかもしれないが、それでも気まずさは残るだろう。

 いつかあの二人の気持ちが通じるといいが、そうなると第一皇子の正妃と宰相というもっと拗れたことになってしまう。そんなことが起こらないということを理解していないと決断出来ないことだ。

──つまり、王美文様はお墓まで気持ちを持っていく覚悟が出来ているんだ。まだ二十歳なのに。

 身分というものは厄介だ。しかし、全てを無くすには積み上げてきた歴史を叩き壊すしかない。無理なお伽話を妄想しても、皆が幸せな未来は来ないのだ。

「亮亮と同じ部屋もあと少しね。寂しくなる」
「私もです」

 そう、これからは宮女ではなく側室となるため、いつまでも宮女の部屋にはいられない。馬星星が夏晴亮を抱きしめる。

「ねえ、人がいない時は今まで通り「亮亮」って呼んでもいい?」
「もちろんです。私がどんなところにいたって、馬先輩はずっと私の大切な先輩です」
「うわぁぁん! ずっと私の大切な妹だからね!」

 そう言われると、夏晴亮も寂しさを実感する。気を抜くと泣いてしまいそうだ。

「さあ、荷物をまとめましょ」
「はい」

 二人で引っ越しの支度をしながら、思い出話に花を咲かせた。明日から会えなくなるわけではない。前向きに、笑っていこう。
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