後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

犬好きなんです

「知らなかった……」

 しかし、馬星星(マァ・シンシン)の顔は晴れやかだった。

「亮亮、私、まだ貴方といられるわ」
「嬉しいです。これからも宜しくお願いします」

 側室の部屋に着くと、扉の前で(ユー)が待っていた。

『わんッ』

 自信満々の顔を見る限り、部屋までの安全を確かめてくれていたらしい。言葉は通じないが、言いたいことが段々感じ取れるようになってきた。さりげなく頭を撫でる。雨が満足そうに頭を擦り付けてきた。

──阿雨と会話出来るといいのに。

 人語を操る精霊はいるのだろうか。あとで馬宰相に聞いてみよう。そういえば、彼の精霊も見せてもらおうと思っていたのだ。結局、まだ一度もお目にかかれていない。

「どうぞ」

 扉が開かれる。いつもの二人部屋より広い室内が現れた。大きな寝台に外へ続く大きな窓、ここを一人で使うのか。使い切れる自信は無い。

──そうだ。ここなら阿雨専用の居場所を作れる!

 今までは二人部屋で、自分の寝台かその横で転がるくらいしかさせられなかった。しかし、ここなら自由に歩き回っても構わない。

 荷物を運んでくれた宮女に礼を言い、部屋には任深持(レン・シェンチー)夏晴亮(シァ・チンリァン)と馬星星の三人となった。

「あの、馬先輩には阿雨のことを伝えても平気ですか? 私に付いてくださるなら、言わなくても今後知られると思いますし」
「いいぞ」

 第一皇子から許しを得て、ようやく雨のことを話せる時が来た。ずっと二人と一匹で過ごしていたという事実を打ち明けるとなると、少々申し訳なくも思う。

「なあに?」

 二人の会話を聞いて、馬星星が首を傾げる。初めて聞く名前が出てきたからだ。

「阿雨って誰のこと?」
「あの……驚かせてしまうと思うのですが、実は馬宰相から頼まれて、少し前から精霊の犬のお世話をしているんです」
「犬!?」

 予想通りの反応をした馬星星が部屋を散策し始めた。側室の部屋で取るべき行動ではなく、すでに馴染んでいる先輩が面白い。

「申し訳ありません。精霊なので、術師以外は視えないそうで」
「なんだぁ、残念。餌やりしたり遊んだりしたかったのに」

 肩を落とした馬星星を見て夏晴亮が決意する。

「もしかしたら、視えるようになる方法があるかもしれません。馬宰相にお伺いして、私、先輩に阿雨を視てもらいます。待っててください」

「私も視たい」
「はい。任深持様も是非」

 意外にも話題に入ってきた任深持に笑みが零れる。自分はまだまだ知らないことが多すぎる。これから沢山勉強をしていく。夏晴亮に新たな目標が出来た。
< 52 / 88 >

この作品をシェア

pagetop