後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

妃教育

「はい、そこ。背筋を伸ばしなさい」
「はいッ」

 立派な妃とならなければとは思ったものの、引越しの翌日からさっそく始まった妃教育に、夏晴亮(シァ・チンリァン)の体は悲鳴を上げていた。

 体力はあると思う。一人で大人に混ざって仕事をしたりしていた。しかし、それらとは全く違う体の使い方が必要なものだった。

 例えば歩き方。立ち姿、顔の向き。上品に見えるよう、常に気をつけていなければならない。今までならなかった場所が筋肉痛になる。そしてそれ以上に厳しいのが座学だった。

 ようやく字の読み書きが出来るようになったばかりなのに、難しい本を渡されて暗記しろと言われた。無理である。

 今日は女官が教師として指導してくれている。いつもは家庭教師が来るのだが、週に三回のため、足りないと判断されて臨時で女官が来た。

 足りないのは重々承知している。宮女から側室が選ばれた時のために指導役が用意されているものの、宮女の中でも一番側室としての知識が無いと思う。

「まだまだ、赤ちゃんね」
「私もそう思います」

 毎日頑張っているが、頑張るだけでは足りないことが沢山ある。女官が夏晴亮の肩に手を乗せる。

「でも、貴方は清い心を持っている。真面目さもある。これは学んだだけでは得られない。続ければ、才国の華となれるわ」

「有難う御座います」
「あとはその顔。顔が良いことだって立派な才能よ」
「えへへ、恐縮です」

 後宮で働くようになって外見を褒められることが多くなった。しかし慣れることはなく、毎回照れてしまう。

「頑張って! それが終わったらお菓子が待ってる!」
「お菓子! 頑張ります!」

 馬星星(マァ・シンシン)が砂糖菓子を見せながら応援する。俄然やる気が出た。背筋を伸ばして歩き出す。今度は首の角度を注意された。妃の道は険しい。

 どうにか一刻耐え、今日の分を終えた。砂糖が疲れた体に染みる。毎日食べたい。そこへ任深持(レン・シェンチー)が来た。

「お仕事終わられたのですか。お疲れ様です」
「ああ。終わった足で来た」

 さりげなく夏晴亮の横に座る。馬星星が苦笑いした。

「正妃より大事にしてるって噂されますよ」
「そんなに私を観察している人間はいない。いたとすれば、殺意を抱いている奴くらいだ」

 自虐を言うこともあるのか。馬星星はこの役を与えられるまで第一皇子と会話をしたことはほとんどなかったので、意外性に些か驚かされた。
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