後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

新たな被害者

「わ、王美文(ワン・メイウェン)様……?」

 早足で馬星星(マァ・シンシン)の目の前まで来て、がっしりと両手を掴む王美文。正妃の奇行に汗が滲む。

馬牙風(マァ・ヤーフォン)の従兄妹とは本当?」
「ええと、はい。そうです」

 波乱な予感に否定したかったが、相手が相手だけに嘘を吐くことは出来ない。馬星星が渋々頷くと、王美文の息が異常に荒くなった。

「なるほど! それではこの手は馬牙風と血の繋がった尊い手ということに……!」
「王美文様……?」
「この手を触ったということは、実質馬牙風と手を繋いだも同然なのでは!?」
「王美文様! 戻ってきてください!」

 思考が宇宙の彼方へ飛び立った正妃に叫ぶが、正妃の暴走は止まらない。

「生まれは同じなのかしら。そうだとしたら若い頃の馬牙風を知っているということ……? 若い頃はどうだったの? まだ草臥れていなかった?」

「くた? ええ、そうですね。若い頃と言っても、私が物心付く頃にはあちらは成人していましたけど、今と比べればそれなりに若々しかったかと存じます」

「そうなのね! それでいて、今の草臥れよう……何があったのかしら、日々の疲れ? 素敵な年齢の重ね方よね!」

「は、はあ……」

 正妃と同じ方向性の好みを持ち合わせていないため、曖昧な返事となる。しかも、話題の中心があまり仲の良くない相手。こんなにも従兄妹が好かれていたとは思いもしなかった。そして全然羨ましくなかった。

──好かれて困るってこんな感じなのね。亮亮も最初かなり困ってたし、上の方から想いを寄せられるのって大変。

 馬星星は結婚願望が強くはないが、全く無いわけでもない。しかし、この状況を傍から見ると、その願望が縮んでいくのを感じた。

──まあ、いつか。そういう人が出来たら考えればいいわ。

 がくがく揺さぶられながら馬星星は遠い目をした。

「私はそろそろ失礼する。王美文も自重しろ」
「阿亮とお話したいのですが」
「明日にしろ」
「はぁい。残念」

 王美文が優しく夏晴亮(シァ・チンリァン)を抱きしめる。

「毎日お疲れ様。また明日」
「はい」
「それと、馬星星もよろしくね」
「はいッ」

 ギラギラした瞳を向けつつ、最後まで賑やかな正妃が帰っていった。馬星星が傍にある机に手を乗せて息を吐く。

「つ……疲れた……」

 夏晴亮が走り寄って馬星星の背中に手を当てた。

「大丈夫ですか? すみません、不用意に従兄妹だって言ったから」
「ううん、どうせいつかは知られることだし。それにしても、彼女が風兄を想っていたなんて驚きだわ」
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